酔古堂剣掃 / 集豪・寂寞一時、淒涼萬古
棲守道德者,寂寞一時;依阿權變者,淒涼萬古。
新字:棲守道徳者,寂寞一時;依阿権変者,淒涼万古。
書き下し
道德に棲守する者は、寂寞たること一時。 權變に依阿する者は、淒涼たること萬古。
現代語訳
道徳を住まいとして守り抜く者は、寂しい思いをするのは一時のことです。権力や時勢にこびへつらう者は、永遠に寂しくみじめな評価を受けることになります。
解説
道徳を守る生き方と、権勢にこびる生き方とを、時間の長さで比べた一則です。菜根譚の冒頭にもほぼ同じ句があり、よく知られています。棲守は、そこを住まいとして守り続けること、依阿は、権勢のある者に寄り添いへつらうこと、権変は、状況に応じて態度を変える機敏さのことです。道徳を守る人は、世渡り上手な人のようには出世できず、一時は寂しい思いをするかもしれません。しかしその寂しさは一時のものです。一方、権力にこびて一時の栄華を得た人は、後の世まで永く軽蔑され、寂しい評価を受け続けます。目先の損得ではなく、長い時間の中で自分の生き方がどう見えるかを考えさせる言葉です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
道徳節操処世菜根譚名利
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『童子問』卷上又問ふ、後世の学問日に高遠に趨りて、論語の旨と相背馳する者は、何の故にして然るかと。曰く、高きに居る者は卑きを視る、故に其の言卑からざることを得ず。卑きに居る者は高きを視る、故に其の言高からざることを得ず。自然の符なり。是の故に道徳盛んなれば則ち議論卑く、道徳衰ふれば則ち議論高し。猶ほ権衡の物を量るに、其の軽重に随ひて互ひに相低昂するがごとし。道徳一分衰ふれば、則ち議論一分高く、道徳二分衰ふれば、則ち議論二分高し。道徳愈衰ふれば、則ち議論愈高し。議論愈高きに及ぶや、道徳蔑如たり。仏老の人倫を廃し、宋儒の中行を失ふ、是れのみ。人皆議論の高きを悦ぶことを知りて、其の実は道徳下衰するが故なることを知らず。孔門の学は、直ちに道徳に由りて行ひ、無益の論を為さず。猶ほ白日の中天にして、燭を秉るを待たざるがごとし。故に只だ孝弟忠信を言ひて足れり。孔子曰く、忠信を主とすと。曾子曰く、吾日に三たび吾が身を省みると。是れなり。学者当に此の意を識得して、而る後に論語を読むべし。後世の諸儒敢へて高論を為して、論語と相背馳するに至る者は、皆道徳下衰するが故なり。