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論語と算盤 / 理想と迷信・道理ある希望を持て

況んや斯る大戦に際しては、将来どう変化するだらうかといふ予想は、最も慎思熟慮を要すること〻思ふ、その経営せらる〻事業に応じて宜しきを制して行くといふことは必要だらうと思ふが、之を処するに就て是非一つ守らなければならぬことは、前にも述べた商業道徳である、約すれば信の一字である、是が御同様実業者に健全に行はれて往つたならば、私は日本の実業界の富は更に増大して、同時に人格も大に進むであらうと思ふ、単に時局に就てのみ希望する訳ではないが、斯る時機は別して変化が多いことを予想すると、お互に負担して居る職分から考へたら、宜しきを制することが出来るであらうと思ふのである。

書き下し

いわんやかかる大戦に際しては、将来どう変化するだろうかという予想は、最も慎思熟慮を要することと思う。その経営せらるる事業に応じて宜しきを制して行くということは必要だろうと思うが、これを処するについてぜひ一つ守らなければならぬことは、前にも述べた商業道徳である。約すれば信の一字である。これがご同様実業者に健全に行われて行ったならば、私は日本の実業界の富はさらに増大して、同時に人格も大いに進むであろうと思う。単に時局についてのみ希望する訳ではないが、かかる時機は別して変化が多いことを予想すると、お互いに負担している職分から考えたら、宜しきを制することが出来るであろうと思うのである。

現代語訳

まして、このような大戦に際しては、将来どう変化するだろうかという予想には、最も慎重な思慮が必要だと思う。それぞれ経営している事業に応じて、適切なやり方を定めていくことは必要だろうと思うが、それに対処するうえでぜひ一つ守らなければならないのは、前にも述べた商業道徳である。要約すれば「信」の一字である。これが私たち実業者の間に健全に行われていったなら、日本の実業界の富はさらに増大し、同時に人格も大いに進むだろうと思う。ただ時局についてだけ希望するわけではないが、このような時期はとりわけ変化が多いことを予想すると、互いに負っている職分から考えれば、適切なやり方を定めることができるだろうと思うのである。

解説

章の締めくくりである。大戦のような変動期には将来の予想に最も慎重な思慮が要り、事業ごとに適切なやり方を定めていくことも必要だ、と渋沢は認める。そのうえで、どんな対処をするにしても一つだけ動かしてはならないものとして、商業道徳、約めて言えば「信」の一字を挙げる。変化の多い時期ほど、人は目先の利に引かれて約束を軽く扱いがちになる。戦時の好況で投機に走り、取引の信義を踏みにじる者が出ることを、渋沢は見越していたのだろう。信が実業者の間に健全に行われれば、富が増すと同時に人格も進む、と言う。富と人格が並んで語られるところに、道徳と経済を一つのものと見る渋沢の考えが表れている。『論語』顔淵篇で孔子は、兵と食と信のうち最後まで捨てられないのは信だと言った。戦略は状況に合わせて変えてよいが、信用だけは状況に合わせて変えてはならない。

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