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論語と算盤 / 理想と迷信・道理ある希望を持て

約言すれば、時局の平和となつた暁には、別して我々実業に従事する者の責任が重くなるのであらうと思ふ、独り責任が重いのみならず、諸君が経営せらる〻事業に就ても、是が如何になるかといふ事を予想して、その予想から十分なる道理を考定して、是に由つて活動せらる〻やうにありたいと考へる、『道理ある希望を持つて活潑に働く国民』といふ評語は概括的な言葉であるが、先頃或亜米利加人が我が同胞を評して、日本人の全体を観察すると、各人皆希望を以て活潑に勉強する国民であると言はれて、私は大に悦びました、私も斯く老衰しては居るが、向後益々国家の進運を希望として居る、また多数の人々の幸福を増すことを希望として居る、実業家諸君も亦同様であらうと思ふ、時局の有無に関はらず、苟くも実業に従事するものは斯くありたい、将来は斯うしなければならぬと云ふ希望は誰もあるに相違ない。

新字:約言すれば、時局の平和となつた暁には、別して我々実業に従事する者の責任が重くなるのであらうと思ふ、独り責任が重いのみならず、諸君が経営せらる〻事業に就ても、是が如何になるかといふ事を予想して、その予想から十分なる道理を考定して、是に由つて活動せらる〻やうにありたいと考へる、『道理ある希望を持つて活溌に働く国民』といふ評語は概括的な言葉であるが、先頃或亜米利加人が我が同胞を評して、日本人の全体を観察すると、各人皆希望を以て活溌に勉強する国民であると言はれて、私は大に悦びました、私も斯く老衰しては居るが、向後益々国家の進運を希望として居る、また多数の人々の幸福を増すことを希望として居る、実業家諸君も亦同様であらうと思ふ、時局の有無に関はらず、苟くも実業に従事するものは斯くありたい、将来は斯うしなければならぬと云ふ希望は誰もあるに相違ない。

書き下し

約言すれば、時局の平和となった暁には、別して我々実業に従事する者の責任が重くなるのであろうと思う。ひとり責任が重いのみならず、諸君が経営せらるる事業についても、これがいかになるかという事を予想して、その予想から十分なる道理を考定して、これによって活動せらるるようにありたいと考える。「道理ある希望を持って活発に働く国民」という評語は概括的な言葉であるが、先頃あるアメリカ人が我が同胞を評して、日本人の全体を観察すると、各人皆希望をもって活発に勉強する国民であると言われて、私は大いに悦びました。私もかく老衰してはいるが、向後ますます国家の進運を希望としている。また多数の人々の幸福を増すことを希望としている。実業家諸君もまた同様であろうと思う。時局の有無にかかわらず、いやしくも実業に従事するものはかくありたい、将来はこうしなければならぬという希望は誰もあるに相違ない。

現代語訳

かいつまんで言えば、時局が平和になったあかつきには、とりわけ我々実業に従事する者の責任が重くなるだろうと思う。責任が重くなるだけでなく、諸君が経営しておられる事業についても、それがどうなるかを予想し、その予想から十分な道理を考え定めて、それに従って活動していただきたいと考える。「道理ある希望を持って活発に働く国民」という評語は大づかみな言葉であるが、先ごろあるアメリカ人が我が同胞を評して、日本人全体を観察すると、一人ひとりが希望をもって活発に勉強する国民だと言われ、私は大いに喜んだ。私もこのように老い衰えてはいるが、今後ますます国家が発展することを希望としている。また多くの人々の幸福を増すことを希望としている。実業家諸君もまた同じであろうと思う。時局があろうとなかろうと、かりにも実業に従事する者は、こうありたい、将来はこうしなければならない、という希望を誰もが持っているに違いない。

解説

章の題「道理ある希望を持て」の出どころがこの段である。あるアメリカ人が日本人を、希望を持って活発に勉強する国民だと評したのを聞き、渋沢は大いに喜んだ。そこから「道理ある希望を持って活発に働く国民」という評語を掲げる。要は「道理ある」の一語にある。希望とは、ただ明るい見通しを抱くことではない。事業がどうなるかを予想し、その予想から十分な道理を考え定め、それに従って動くこと、つまり根拠のある見通しを持つことだ。戦争が終われば実業家の責任はいっそう重くなる、と渋沢は見ていた。実際、大戦中の好況は戦後に反動恐慌を招き、多くの企業が苦しむことになる。七十代半ばの渋沢が、自分も老いてはいるが国家の進運と多くの人の幸福を希望としている、と語るのは印象的である。年齢に関係なく、希望を持つことは働く者の務めだという考えがここにある。

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