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論語と算盤 / 理想と迷信・道理ある希望を持て

戦争して負けては困るが、唯国力を挙げて戦争にのみ奔るといふことは王道に適するものでは無い、今日の時局に対して我々は左様な事まで心配せぬでも宜い訳であるが、是から先きの商工業は如何にしたら宜からうか、平和が克復したら其後の実業界は如何なるかといふやうな事に就ては、意想外なる変化を生じて、中には悪いと思つたことが善くなり、善いと思ふたことが悪くもならうから、今日から臆断は出来ない、併し人は未来の事に向つて是非とも理想は持つべきものであるから、仮令違却するとも一定の主義に依て行ふといふやうなことが無ければ為らぬ、詰り能く思ひ審かに考へて事に当れば、必ず過は尠いものである、戦争の如き事変の勃発には、曾て想像したものに違却を生ずることはあるが、

新字:戦争して負けては困るが、唯国力を挙げて戦争にのみ奔るといふことは王道に適するものでは無い、今日の時局に対して我々は左様な事まで心配せぬでも宜い訳であるが、是から先きの商工業は如何にしたら宜からうか、平和が克復したら其後の実業界は如何なるかといふやうな事に就ては、意想外なる変化を生じて、中には悪いと思つたことが善くなり、善いと思ふたことが悪くもならうから、今日から臆断は出来ない、併し人は未来の事に向つて是非とも理想は持つべきものであるから、仮令違却するとも一定の主義に依て行ふといふやうなことが無ければ為らぬ、詰り能く思ひ審かに考へて事に当れば、必ず過は尠いものである、戦争の如き事変の勃発には、曽て想像したものに違却を生ずることはあるが、

書き下し

戦争して負けては困るが、ただ国力を挙げて戦争にのみ奔るということは王道に適するものではない。今日の時局に対して我々はそのような事まで心配せぬでもよい訳であるが、これから先の商工業はいかにしたらよかろうか、平和が克復したらその後の実業界はいかになるかというような事については、意想外なる変化を生じて、中には悪いと思ったことが善くなり、善いと思うたことが悪くもなろうから、今日から臆断は出来ない。しかし人は未来の事に向かってぜひとも理想は持つべきものであるから、たとい違却するとも一定の主義によって行うというようなことが無ければならぬ。つまりよく思いつまびらかに考えて事に当たれば、必ず過ちは少ないものである。戦争のごとき事変の勃発には、かつて想像したものに違却を生ずることはあるが。

現代語訳

戦争をして負けては困るが、ただ国力を挙げて戦争にばかり走るということは、王道にかなうものではない。今日の時局について、我々はそこまで心配しなくてもよいわけであるが、これから先の商工業はどうしたらよいか、平和が回復したらその後の実業界はどうなるか、といったことについては、思いもよらない変化が生じ、中には悪いと思ったことが良くなり、良いと思ったことが悪くなることもあろうから、今から決めつけることはできない。しかし人は未来に向かってぜひとも理想を持つべきものであるから、たとえ食い違いが生じても、一定の主義に従って行うということがなければならない。つまり、よく思い、詳しく考えて事に当たれば、必ず過ちは少ないものである。戦争のような事変が起これば、以前に想像していたことと食い違いが生じることはある。

解説

第一次世界大戦のさなか、大正四年ごろに語られた章である。日本は日英同盟を理由に参戦し、青島などを攻めたが、主戦場は遠い欧州だった。渋沢は冒頭で、国力を挙げて戦争にばかり走ることは王道にかなわない、と釘を刺す。王道とは、武力で従わせる覇道に対して、徳によって治める道を言う孟子以来の言葉である。そのうえで話題を戦後の実業界に移す。平和が戻ったあと何が起きるかは予測できない、悪いと思ったことが善くなり、善いと思ったことが悪くなるかもしれない、と率直に認める。それでも理想は持て、たとえ外れても一定の主義に従って行え、よく思いよく考えて当たれば過ちは少ない、と言う。予測の正確さよりも、判断の筋が通っていることを重んじる姿勢である。不確実な時代の経営でも、当てることより、外れたときにも説明できる判断の軸を持つことが問われる。

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