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自警録 / 第二十三章 若返りの工夫・いつも若い人(1)

目前の現実世界を離れて、しばらく人生を理想化し、理想の天地を追うの美点はいわゆる老人になると次第に減じてゆくように思われる。かく理想の減じゆきて実際的になるのをもってただちにこれを着実と呼び賞賛する者もあるが、わが輩から言わせるとこれは俗化して若き気象がなくなるのである。すなわち青年においてもっとも愛すべく、もっとも尊ぶべき、高朗なる性情が消えるのである。「大人にしてなお赤児のごとし」という語があるが、しいて赤児のごとくにならずとも、すくなくともいつまでも青年の気概を失わずにあるを要する。「あの人は年とってもいつも若い気でいる」という語もしばしば聞くが、これも意味がたくさんあるではあろうが、しかし僕は年齢にかかわらずに理想にあこがれる人という意味に解釈し、いつも若い気でいる者は実に尊敬すべき価値ある人なりと考える。かくのごとき人の心には余裕がある。すなわち生木のようなる弾力があって、世の変遷とともに進む能力を保留している。「老木は曲らぬ」とは邪道に迷わぬの意より弾力なきを笑うの言である。 およそ何事においても行きづまれるは見悪きものなるが、ことに理想において行きづまり、若い気のなくなった人は、まるで枯木に弾力なきに等しく実にみすぼらしい。また自分にはこれ以上に希望なしとて、現状ですでに得意がりあるいは落胆している人は一層気の毒である。ところが誰でも少し油断すると小成に安んじ、これでよいという気になりやすく、しからざればなにごとについてもいたずらに不満の声を高くして、一見理想があるようにも見ゆるがこれ必ずしもしからずである。いわゆる成功なるものは多く理想の低き人の口にするところで、十円の月給をもらう人が百円を目的とし、その百円の月給を得るにいたれば、これを成功と称し自ら安心する。これあるいは成功であるかも知れぬ。しかしながら物質的目的を達するをもってただちに理想とするごときははなはだ当を得ないことではなかろうか。欲心と理想とはちがう。欲は迷想とこそいうべけれ、理想とは称しがたい。

書き下し

目前の現実世界を離れて、しばらく人生を理想化し、理想の天地を追うの美点はいわゆる老人になると次第に減じてゆくように思われる。かく理想の減じゆきて実際的になるのをもってただちにこれを着実と呼び賞賛する者もあるが、わが輩から言わせるとこれは俗化して若き気象がなくなるのである。すなわち青年においてもっとも愛すべく、もっとも尊ぶべき、高朗なる性情が消えるのである。「大人にしてなお赤児のごとし」という語があるが、しいて赤児のごとくにならずとも、すくなくともいつまでも青年の気概を失わずにあるを要する。「あの人は年とってもいつも若い気でいる」という語もしばしば聞くが、これも意味がたくさんあるではあろうが、しかし僕は年齢にかかわらずに理想にあこがれる人という意味に解釈し、いつも若い気でいる者は実に尊敬すべき価値ある人なりと考える。かくのごとき人の心には余裕がある。すなわち生木のようなる弾力があって、世の変遷とともに進む能力を保留している。「老木は曲らぬ」とは邪道に迷わぬの意より弾力なきを笑うの言である。 およそ何事においても行きづまれるは見悪きものなるが、ことに理想において行きづまり、若い気のなくなった人は、まるで枯木に弾力なきに等しく実にみすぼらしい。また自分にはこれ以上に希望なしとて、現状ですでに得意がりあるいは落胆している人は一層気の毒である。ところが誰でも少し油断すると小成に安んじ、これでよいという気になりやすく、しからざればなにごとについてもいたずらに不満の声を高くして、一見理想があるようにも見ゆるがこれ必ずしもしからずである。いわゆる成功なるものは多く理想の低き人の口にするところで、十円の月給をもらう人が百円を目的とし、その百円の月給を得るにいたれば、これを成功と称し自ら安心する。これあるいは成功であるかも知れぬ。しかしながら物質的目的を達するをもってただちに理想とするごときははなはだ当を得ないことではなかろうか。欲心と理想とはちがう。欲は迷想とこそいうべけれ、理想とは称しがたい。

現代語訳

目の前の現実の世界をしばらく離れて、人生を理想の姿で思い描き、理想の天地を追い求める美点は、いわゆる老人になるにつれて次第に減っていくように思われます。理想が減って実際的になることを、そのまま着実だと呼んで褒める人もいますが、私に言わせれば、それは俗っぽくなって若々しい気質がなくなったということです。つまり、青年にもっとも愛すべき、もっとも尊ぶべき、気高くのびやかな性質が消えてしまうのです。「大人でありながら赤子のようだ」という言葉がありますが、無理に赤子のようにならなくても、少なくともいつまでも青年の気概を失わないでいることが必要です。「あの人は年をとってもいつも若い気でいる」という言い方もよく耳にします。これにも多くの意味があるでしょうが、私は、年齢に関係なく理想にあこがれる人という意味に解し、いつも若い気でいる人は実に尊敬すべき価値のある人だと考えます。そういう人の心には余裕があります。生木のような弾力があって、世の移り変わりとともに進む力を保っているのです。「老木は曲がらぬ」という言葉は、邪道に迷わないという意味でありながら、実は弾力のなさを笑う言葉でもあります。 何事でも行きづまった姿は見苦しいものですが、とりわけ理想において行きづまり、若い気持ちをなくした人は、弾力のない枯れ木のようで、まことにみすぼらしい。また、自分にはこれ以上の希望はないと、現状にすでに得意になったり落胆したりしている人は、いっそう気の毒です。ところが、誰でも少し油断すると小さな成功に安んじて「これでよい」という気になりやすく、そうでなければ何事にもむやみに不満の声を上げて、一見理想があるように見えても、実はそうではないことがあります。いわゆる成功というものは、多くは理想の低い人の口にする言葉で、月給十円の人が百円を目標にし、百円の月給を得ればそれを成功と称して自ら安心します。それは成功かもしれません。しかし、物質的な目的を達することをそのまま理想とするのは、はなはだ当を得ないのではないでしょうか。欲心と理想は違います。欲は迷いの思いと言うべきもので、理想とは呼べません。

解説

新渡戸は、年を重ねて理想が薄れることを着実さと取り違えるな、と言います。弾力を失った枯れ木のように行きづまるのは理想が尽きたときで、欲と理想は別物だというのです。十円が百円になるのを成功と呼ぶ例は、俸給生活者が増えた大正期ならではの話です。今の職場でも、昇進や年収の更新だけを目標にしていると、達した途端に張り合いが消えがちです。数字の先に、何のために働くのかという問いを持ち続けられるかが、仕事の若さを分けます。
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人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

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