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論語と算盤 / 仁義と富貴・能く集め能く散ぜよ

要するに、金は社会の力を表彰する要具であるから、之を貴ぶのは正当であるが、必要の場合に能く費消するは勿論善いことであるが、よく集めよく散じて社会を活潑にし、従つて経済界の進歩を促すのは有為の人の心懸くべきことであつて、真に理財に長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるやうでなくてはならぬ、よく散ずるといふ意味は、正当に支出するのであつて、即ちこれを善用することである、良医が大手術を用ゐて患者の一命を救つた「メス」も、狂人に持たしめると人を傷る道具となる、また老母の孝養に必要なる飴も、賊徒に与ふれば枢の開閉に音なきの盗具となる故に、我々は金を貴んで善用することを忘れてはならない、実に金は貴ぶべく又賤しむべし、之をして貴ぶべきものたらしむるのは、偏へに所有者の人格によるのである、

新字:要するに、金は社会の力を表彰する要具であるから、之を貴ぶのは正当であるが、必要の場合に能く費消するは勿論善いことであるが、よく集めよく散じて社会を活溌にし、従つて経済界の進歩を促すのは有為の人の心懸くべきことであつて、真に理財に長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるやうでなくてはならぬ、よく散ずるといふ意味は、正当に支出するのであつて、即ちこれを善用することである、良医が大手術を用ゐて患者の一命を救つた「メス」も、狂人に持たしめると人を傷る道具となる、また老母の孝養に必要なる飴も、賊徒に与ふれば枢の開閉に音なきの盗具となる故に、我々は金を貴んで善用することを忘れてはならない、実に金は貴ぶべく又賤しむべし、之をして貴ぶべきものたらしむるのは、偏へに所有者の人格によるのである、

書き下し

要するに、金は社会の力を表彰する要具であるから、これを貴ぶのは正当であるが、必要の場合によく費消するはもちろん善いことであるが、よく集めよく散じて社会を活発にし、したがって経済界の進歩を促すのは有為の人の心懸くべきことであって、真に理財に長ずる人は、よく集むると同時によく散ずるようでなくてはならぬ。よく散ずるという意味は、正当に支出するのであって、すなわちこれを善用することである。良医が大手術を用いて患者の一命を救った「メス」も、狂人に持たしめると人を傷つける道具となる。また老母の孝養に必要なる飴も、賊徒に与うれば枢の開閉に音なきの盗具となる。ゆえに、我々は金を貴んで善用することを忘れてはならない。実に金は貴ぶべくまた賤しむべし。これをして貴ぶべきものたらしむるのは、ひとえに所有者の人格によるのである。

現代語訳

要するに、金は社会の力を表す大切な道具であるから、これを貴ぶのは正当である。必要なときにしっかり使うのはもちろん良いことであるが、よく集め、よく散じて社会を活発にし、それによって経済界の進歩を促すことこそ、有為の人が心がけるべきことであって、本当に理財に長じた人は、よく集めると同時によく散じるのでなければならない。よく散じるというのは、正当に支出すること、すなわち金を善用することである。名医が大手術に用いて患者の命を救ったメスも、狂人に持たせれば人を傷つける道具となる。また老母への孝養に欠かせない飴も、盗賊に与えれば戸の枢に塗って開け閉めの音を消す盗みの道具となる。だから我々は、金を貴んで善用することを忘れてはならない。まことに金は貴ぶべきものであり、また賤しむべきものでもある。それを貴ぶべきものにするのは、ひとえに持ち主の人格によるのである。

解説

章の結論に近い一段である。金は社会の力を表す道具だから貴ぶのは正当だが、それを「よく集めよく散じて」社会を活発にし、経済の進歩を促すことこそ有為の人の務めだ、と渋沢は言う。散ずるとは浪費ではなく正当な支出、すなわち善用である。メスと飴の比喩はその核心を突く。名医の手にあるメスは命を救い、狂人の手にあれば人を傷つける。孝養の飴も、盗賊の手に渡れば戸の枢に塗って音を消す道具になる。同じ物の善悪を決めるのは持ち主である。だから「金は貴ぶべく又賤しむべし」、その分かれ目は所有者の人格にある。渋沢は第一国立銀行を通じて、眠っている資金を集めて事業に回す仕組みを日本に根づかせた人である。金を貯め込むだけでも、ばらまくだけでもなく、社会を動かす方向に流すことを彼は理財と呼んだ。手元の資金を何に回すかは、その経営者の人格の表現でもある。

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