論語と算盤 / 仁義と富貴・罪は金銭にあらず
陶淵明は『盛年不重来、一日難再晨』と題し、朱子は『青年易老学難成、一寸光陰不可軽』と警めてある如く、殊更に空想に耽り、誘惑に陥り易き青年時代は、夢の如くに過ぎ去つて終ふものである、余等が青年時代も真に早く経過して、明日ありと思うてゐた中に矢の如く移り去つた、今日になつて後悔しても詮方のない事である、青年諸君は深く此の前車に注意して、余等の後悔の轍を蹈まぬやうにして貰ひたい、諸君の励精によりて、将来国家の運命に影響する所大なるものがあるから、従来相当の覚悟ある人も、更に其の臍を固めねばならぬのである。覚悟を新にするに就て注意すべき点は限りないのであるが、特に注意すべきは金銭の問題である、追々と社会の組織が複雑となつて来るが、昔でさへ恒産無くして恒心を保つことは出来ぬと言はれた位であるから、活気ある世務に処する程、金銭問題に関して充分の覚悟が無くては、意外の失敗を演じ過失に陥ることがないとは限らぬ。
書き下し
陶淵明は「盛年不重来、一日難再晨」と題し、朱子は「青年易老学難成、一寸光陰不可軽」と警めてあるごとく、ことさらに空想に耽り、誘惑に陥りやすき青年時代は、夢のごとくに過ぎ去ってしまうものである。余らが青年時代もまことに早く経過して、明日ありと思っていたうちに矢のごとく移り去った。今日になって後悔しても詮方のない事である。青年諸君は深くこの前車に注意して、余らの後悔の轍を踏まぬようにしてもらいたい。諸君の励精によりて、将来国家の運命に影響する所大なるものがあるから、従来相当の覚悟ある人も、さらにその臍を固めねばならぬのである。覚悟を新たにするについて注意すべき点は限りないのであるが、特に注意すべきは金銭の問題である。追々と社会の組織が複雑となって来るが、昔でさえ恒産なくして恒心を保つことは出来ぬと言われたくらいであるから、活気ある世務に処するほど、金銭問題に関して充分の覚悟がなくては、意外の失敗を演じ過失に陥ることがないとは限らぬ。
現代語訳
陶淵明は「盛りの年は二度とは来ない。一日に二度の朝はない」と詠み、朱子は「青年は老いやすく学問は成りがたい。わずかな時間も軽んじてはならない」と戒めているように、とりわけ空想にふけり誘惑に陥りやすい青年時代は、夢のように過ぎ去ってしまうものである。私たちの青年時代もまことに早く過ぎ、明日があると思っているうちに矢のように移り去った。今日になって後悔してもどうにもならない。青年諸君は、この前例に深く注意して、私たちの後悔の轍を踏まないようにしてもらいたい。諸君の励みによって将来の国家の運命が大きく左右されるのだから、これまで相当の覚悟を持っていた人も、さらに腹を固めなければならない。覚悟を新たにするにあたって注意すべき点は限りないが、特に注意すべきは金銭の問題である。社会の組織はだんだん複雑になってくるが、昔でさえ一定の財産がなければ一定の心を保つことはできないと言われたくらいだから、活気ある世の務めに携わるほど、金銭問題について十分な覚悟がなければ、思わぬ失敗をし、過ちに陥ることがないとは限らない。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらずさらにまた「君子財多ければその徳を損し、小人財多ければその過を増す」というような意味の言を漢籍の中で読んだこともある。とにかく東洋古来の風習は、一般に金銭を卑しむこと甚だしいもので、君子は近づくべからざるもの、小人には恐るべきものとしたのであるが、畢竟貪婪飽くなき世俗の悪弊を矯めんとして、ついには極端に金銭を卑しむ様になったものと思われる。これらの説は青年諸君は深く注意を払わねばならぬ。
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらず幸いにして世間一般の進歩とともに金銭上の取り扱いも改まって、利殖と道徳と離れまいとする傾向が増して来た。ことに欧米にては「真正なる富は正当なる活動によって収得せらるべきものである」との観念が着々実行されて来ているが、我が国の青年諸君も深くこの点に注意して、金銭上の禍に陥らず、ますます道義とともに金銭の真価を利用するように勉められんことを望むのである。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟青年時代は血気時代であるから、その血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、あくまでこれを発揮して、とかく保守に流れ、因循に陥りやすい老人をして、危険を感ぜしむるくらいに活動してもらいたいのである。
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『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらずしかし前述のごとく人情の弱点として、利慾の念よりともすれば富を先にして道義を後にする弊を生じ、過重の結果、金銭万能のごとく考えて、大切なる精神上の問題を忘れて、物質の奴隷となりやすいものであるが、かくなりては責めその人にありとは言うものの、金銭の禍を恐れてその価値を卑しく観るようになって、再びアリストテレスの言を繰り返さしむるに至るであろう。
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『論語と算盤』仁義と富貴・効力の有無は其人に在りとの御歌は、実に感佩敬服に堪えぬのである。しかるに世間の人々は、とかくこの金を悪用したがるものである。されば古人もこれを戒めて「小人罪なし、宝を抱くこれ罪」とか、「君子財多ければその徳を損し、小人財多ければその過を増す」などと言ってある。論語を読んで見ても、「富みかつ貴きは、我において浮雲のごとし」と言い、または「富にして求むべくんば執鞭の士といえども、我またこれを為さん」と言い、大学には「徳は本なり、財は末なり」と言ってある。今かかる訓言を一々ここに引用したならば、ほとんど枚挙に遑なしであろうが、これは決して金を軽視してもよいという意味ではない。いやしくも世の中に立って完全の人たらんとするには、まず金に対する覚悟がなくてはならぬ。そしてかかる訓言に徴しても、社会における金の効力はいかに思察すべきものであるか、すこぶる考慮を要するのである。けだしあまりこれを重んじ過ぎるのも誤りなら、またこれを軽んじ過ぎるのもよろしくない。すなわち「国、道ありて貧かつ賤しきは恥なり、国、道なくして富かつ貴きは恥なり」と言って、孔子も決して貧乏を奨励はなさらなかった。ただ「その道をもってせざれば、これを得るとも処らざるなり」である。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法これについて考えて見ても、お互いに平素あくまで刻苦励精して、今日までに進んだ国運をして、どうぞいや増しに拡張させたいと思うが、それについて一言したいことは、近頃は青年青年と言って、青年説が大変に多い。青年が大事だ、青年に注意しなければならぬと言うは、私も同意するが、私は自分の位置から言うと、青年も大事であるけれども、老年もまた大切であると思う。青年とばかり言うて、老人はどうでもよいと言うのは考え違いではないか。かつて他の会合の時にも言ったが、自分は文明の老人たることを希望する。果たして自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明の老人のつもりであるが、諸君が見たらあるいは野蛮の老人かも知れぬ。しかしよくよく考察すると、私の青年の時分に比較して見ると、青年の事務に就く年齢がすこぶる遅いと思う。例えば朝の日の出方がよほど遅くなっている。そうして早く老衰して引っ込むと、その活動の時間が大層少なくなってしまう。
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