葉隠 / 聞書第一
途中にて俄雨にあひて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下などを通りても、濡る〳〵事は替らざるなり。初より思ひはまりて濡る〳〵時、心に苦しみなく濡る〳〵事は同じ。これ萬づにわたる心得なり。
新字:途中にて俄雨にあひて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下などを通りても、濡る〳〵事は替らざるなり。初より思ひはまりて濡る〳〵時、心に苦しみなく濡る〳〵事は同じ。これ万づにわたる心得なり。
書き下し
途中にて俄雨(にわかあめ)にあいて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下(のきした)などを通りても、濡るる濡るる事は替わらざるなり。初めより思いはまりて濡るる濡るる時、心に苦しみなく濡るる濡るる事は同じ。これ万(よろ)づにわたる心得なり。
現代語訳
道の途中でにわか雨に遭い、濡れまいとして道を急いで走り、軒下などをたどって行っても、結局濡れることに変わりはない。それなら初めから覚悟を決めてしまえば、心に苦しみもなく濡れる。どうせ濡れるのは同じことだ。これはあらゆる物事に通じる心得である。
解説
避けられない事態への向き合い方を、にわか雨のたとえで説いた有名な一節です。濡れまいと慌てて走っても結局は濡れる。ならば初めから覚悟を決めて濡れれば、心を煩わすことなく同じ結果を受け入れられる、という教えです。『葉隠』は死をも先に受け入れて覚悟を定める書であり、この雨のたとえはその生き方の縮図とも言えます。じたばたと逃げ回るより、避けられぬものは早く引き受けたほうが心は静まる、という逆説です。現代でも、避けられない困難や失敗、批判を前にして、抵抗して消耗するより先に受け止めてしまうほうが、かえって落ち着いて対処できる場面は多いでしょう。あらゆる事に通じる心得だと締めくくられています。
この章句が説くこと
覚悟避けられぬものを受け入れる諦めと平常心逆説じたばたしない心の苦しみを減らす
関連する章句
-
葉隠・聞書第一何某申し候は、「しほがれ浪人などと云ふは難儀千萬此の上なき樣に皆人思うて、其の期には殊の外しほがれ草臥る〳〵事なり。浪人して後は左程にはなきものなり。今一度浪人仕度し。」と云ふ。尤もの事なり。死の道も、平生に死習うては、心安く死ぬべき事なり。奉公人の打留は浪人切腹に極りたると、兼ねて覺悟すべきなり。災難は前方了簡したる程には無きものなるを、先を量つて苦しむは愚かなる事なり。
-
葉隠・聞書第一古人の覺悟は深き事なり。十三以上六十以下出陣と云ふ事あり。それ故に、古老は年をかくすといへり。
-
論語 公冶長篇子曰:『士而懷居、不足以為士矣。』
-
論語 憲問篇子曰:士而懷居,不足以為士矣。
-
葉隠・聞書第一打返しは踏懸けて切殺さるゝ迄、赤穗義士の敵討は延びゝ。打返しの仕樣は、踏懸けて切殺さるゝ迄なり。これにて恥にならぬなり。仕果すべしと思ふ故、間に合はず。向は大勢などと云ひて時を移し、しまり止めになる相談に極まるなり。相手何千人もあれ、片端より撫切と思ひ定めて、立向ふ迄にて成就なり。多分仕濟ますものなり。又淺野殿浪人夜討も、泉岳寺にて腹切らぬが落度なり。又主を討たせて、敵を討つ事延びゝなり。若し、その内に吉良殿病死の時は殘念千萬なり。上方衆は智慧かしこき故、褒めらるゝ仕樣は上手なれども、長崎喧嘩の樣に無分別にする事はならぬなり。又曾我殿夜討も殊の外の延引。幕の紋見物の時、祐成圖をはづしたり。不運の事なり。五郎申樣見事なり。總じて斯樣の批判はせぬものなれども、これも武道の吟味なれば申すなり。前方に吟味して置かねば、行當りて分別出來合はぬ故、大かた恥になり候。話を聞覺え、物の本を見るも、かねての覺悟のためなり。就中、武道は今日の事も知らずと思ひて、日々夜々に簡條を立てゝ吟味すべき事なり。時の行掛りにて勝負はあるべし。恥をかゝぬ仕樣は別なり。死ぬ迄なり。これには智慧も業も入らぬなり。死ぬ迄といふは勝負を考へず、無二無三に死狂ひするばかりなり。これにて夢覺むるなり。
-
論語 憲問篇子曰:士見危致命,見得思義,祭思敬,喪思哀。