論語と算盤 / 仁義と富貴・防貧の第一要義
左様いふ慈善救済事業は得て誠実を欠くもので、其の結果は却つて悪人を造るやうな事になり勝ちである、兎に角陛下の大御心の存し給ふ所を思ひ、此際富豪諸氏は社会に対する自己の義務を完うせられたい、これ実に畏き聖旨に副ひ奉るのみか、二つには社会の秩序、国家の安寧を保持する上に於て、如何ばかりか貢献することが多からう。
書き下し
そういう慈善救済事業は得て誠実を欠くもので、その結果はかえって悪人を造るような事になりがちである。とにかく陛下の大御心の存し給う所を思い、この際富豪諸氏は社会に対する自己の義務を完うせられたい。これ実に畏き聖旨に副い奉るのみか、二つには社会の秩序、国家の安寧を保持する上において、いかばかりか貢献することが多かろう。
現代語訳
そうした慈善救済事業は、とかく誠実さを欠くもので、その結果、かえって悪人をつくるようなことになりがちである。とにかく、陛下の大御心のあるところを思い、この際、富豪の方々には社会に対する自分の義務を全うしていただきたい。それはまことに恐れ多い聖旨に沿い申し上げることになるばかりか、もう一つには、社会の秩序と国家の安寧を保つうえで、どれほど大きな貢献になることだろう。
解説
章の結びである。見栄や出来心から出た慈善は誠実を欠き、かえって悪人を造る、と渋沢は言う。施しが受け手のためではなく寄付者の体裁のために行われれば、受け手は努力より施しを当てにするようになり、救済が堕落や依存を招く。前の段で述べた、人に徒食悠遊させるのではない、という考えと一貫している。そのうえで彼は富豪に、社会に対する自己の義務を全うせよと求める。この章の別の段で述べたとおり、富は社会の助けがあって成り立つのだから、還元は恩恵ではなく義務である、というのが渋沢の立場だった。最後に彼は、それが社会の秩序と国家の安寧に役立つと述べる。明治末は大逆事件や労働争議が起こり、貧富の差が社会不安につながることが意識され始めた時期であった。慈善を治安の施策と重ねる視点には今日から見て割り切れないところもあるが、格差の放置が社会そのものを揺るがすという認識は、現代にもそのまま通じている。
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義いかに自ら苦心して築いた富にした所で、富はすなわち自己一人の専有だと思うのは大なる見当違いである。要するに、人はただ一人のみにては何事もなし得るものでない。国家社会の助けによって自らも利し、安全に生存するも出来るので、もし国家社会がなかったならば、何人たりとも満足にこの世に立つことは不可能であろう。これを思えば、富の度を増せば増すほど社会の助力を受けている訳だから、この恩恵に酬ゆるに救済事業をもってするがごときは、むしろ当然の義務で、出来る限り社会のために助力しなければならぬ筈と思う。「己れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達す」という言のごとく、自己を愛する観念が強ければ強いだけに、社会をもまた同一の度合をもって愛しなければならぬことである。世の富豪はまずかかる点に着眼しなくてはなるまい。
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『論語と算盤』仁義と富貴・防貧の第一要義この秋に当たって、畏くも陛下は大御心を悩まし給い、御先例になき貧窮者御救恤の御下賜金を仰せ出ださせられた。この洪大無辺の聖旨に対し奉りて、富豪者は申し合わせぬまでも、心中には何とかして聖恩の万分の一にだも酬い奉らなくてはならぬと苦慮するであろう。これこそ余が三十年来一日も忘るる能わざりし願意で、言わば願望が今日ようやく達せられたというもの。しかしながら誠に長く心掛けて来たことだけに、有難き聖旨を承くるにつけても、前途が非常に明るくなった感じがして、心中の愉快はほとんど譬えようがない。けれどもここに懸念すべきはその救済の方法いかんについてである。それが適度に行わるればよいが、乞食がにわかに大名になったというような方法では、慈善が慈善でなく、救恤が救恤でなくなる。それからもう一つ注意したいのは、陛下の御心に副い奉らんがため、富豪が資金を慈善事業に投ずるにしても、出来心の慈善、見栄から来た慈善は決して宜しくないということである。
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