師導古典を学びたいすべての人に

葉隠 / 聞書第一

何某申し候は、「しほがれ浪人などと云ふは難儀千萬此の上なき樣に皆人思うて、其の期には殊の外しほがれ草臥る〳〵事なり。浪人して後は左程にはなきものなり。今一度浪人仕度し。」と云ふ。尤もの事なり。死の道も、平生に死習うては、心安く死ぬべき事なり。奉公人の打留は浪人切腹に極りたると、兼ねて覺悟すべきなり。災難は前方了簡したる程には無きものなるを、先を量つて苦しむは愚かなる事なり。

新字:何某申し候は、「しほがれ浪人などと云ふは難儀千万此の上なき様に皆人思うて、其の期には殊の外しほがれ草臥る〳〵事なり。浪人して後は左程にはなきものなり。今一度浪人仕度し。」と云ふ。尤もの事なり。死の道も、平生に死習うては、心安く死ぬべき事なり。奉公人の打留は浪人切腹に極りたると、兼ねて覺悟すべきなり。災難は前方了簡したる程には無きものなるを、先を量つて苦しむは愚かなる事なり。

書き下し

何某(なにがし)申し候は、「しおがれ浪人などと云うは、難儀千万(なんぎせんばん)この上なき様に皆人思うて、その期(ご)には殊(こと)の外(ほか)しおがれ草臥(くたび)るる事なり。浪人して後(のち)は左程(さほど)にはなきものなり。今一度(いまいちど)浪人仕(つかまつ)りたし。」と云う。もっともの事なり。死の道も、平生(へいぜい)に死習(しになら)うては、心安(こころやす)く死ぬべき事なり。奉公人の打留(うちどめ)は浪人切腹(せっぷく)に極(きわ)まりたると、兼ねて覚悟すべきなり。災難は前方(ぜんぽう)了簡(りょうけん)したる程には無きものなるを、先を量(はか)つて苦しむは愚かなる事なり。

現代語訳

ある人が言った。「落ちぶれ浪人などというと、これ以上ない難儀のように誰もが思って、いざその時が来ると、ことのほか意気消沈してへたり込む。だが実際に浪人してみれば、それほどのことはない。もう一度浪人してみたいくらいだ」と。もっともなことである。死についても、日ごろから死に慣れておけば、心安らかに死ねる。奉公人の行き着く先は浪人か切腹だと、あらかじめ覚悟しておくべきだ。災難は前もって心配したほどではないものなのに、先を思いはかって苦しむのは愚かなことだ。

解説

起こる前の不安は実際より大きい、という人間心理を突いた一節です。浪人(失業)を最悪の難儀と恐れる人ほど、いざそうなると崩れてしまう。だが経験者は「案外どうということはない」と言う、と紹介します。葉隠は常に死の覚悟を説きますが、ここでは死も浪人も「あらかじめ慣れ、覚悟しておけば恐れは小さくなる」という同じ理屈で語られます。奉公人の末路は浪人か切腹だと先に引き受けておけば、現実が来ても動じない、というわけです。現代でも、失業や失敗を過度に恐れて先回りに苦しむことは多いでしょう。最悪をあらかじめ想定し受け入れておくことで、かえって今を落ち着いて生きられる、という実践的な知恵と言えます。

この章句が説くこと

覚悟最悪の想定取り越し苦労不安との付き合い方先を恐れない死に習う

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる