史記 / 刺客列伝
荊軻者、衛人也。好讀書擊劍。既至燕、愛燕之狗屠及善擊筑者高漸離。燕太子丹質秦亡歸、怨秦、欲報之。秦將樊於期得罪於秦王亡之燕、太子受而捨之。荊軻遂見太子、謀刺秦王。太子豫求天下之利匕首、以藥焠之。太子及賓客知其事者、皆白衣冠以送之。至易水之上、既祖取道、高漸離擊筑、荊軻和而歌、為變徵之聲、士皆垂淚涕泣。又前而為歌曰、風蕭蕭兮易水寒、壯士一去兮不復還。復為羽聲慨、士皆瞋目、髮盡上指冠。於是荊軻就車而去、終已不顧。遂至秦、獻樊於期首及督亢地圖、圖窮而匕首見、荊軻刺秦王不中、秦王拔劍擊荊軻、荊軻遂被八創、事不成而死。
新字:荊軻者、衛人也。好読書擊剣。既至燕、愛燕之狗屠及善擊筑者高漸離。燕太子丹質秦亡歸、怨秦、欲報之。秦将樊於期得罪於秦王亡之燕、太子受而捨之。荊軻遂見太子、謀刺秦王。太子予求天下之利匕首、以薬焠之。太子及賓客知其事者、皆白衣冠以送之。至易水之上、既祖取道、高漸離擊筑、荊軻和而歌、為変徴之声、士皆垂涙涕泣。又前而為歌曰、風蕭蕭兮易水寒、壮士一去兮不復還。復為羽声慨、士皆瞋目、髪尽上指冠。於是荊軻就車而去、終已不顧。遂至秦、献樊於期首及督亢地図、図窮而匕首見、荊軻刺秦王不中、秦王抜剣擊荊軻、荊軻遂被八創、事不成而死。
書き下し
荊軻は、衛人なり。書を読み剣を撃つを好む。既に燕に至り、燕の狗屠及び善く筑を撃つ高漸離を愛す。燕の太子丹秦に質たり亡げ帰り、秦を怨みて之に報いんと欲す。秦の将樊於期秦王に罪を得て燕に亡ぐ、太子受けて之を舍らしむ。荊軻遂に太子に見え、秦王を刺さんことを謀る。太子豫め天下の利匕首を求め、薬を以て之を焠(にらぐ)ぐ。太子及び賓客の其の事を知る者、皆白衣冠して以て之を送る。易水の上に至り、既に祖して道を取るや、高漸離筑を撃ち、荊軻和して歌ひ、変徵の声を為し、士皆涙を垂れて涕泣す。又前みて歌を為して曰く、「風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去りて復た還らず」と。復た羽声の慨たるを為し、士皆目を瞋らせ、髪尽く上りて冠を指す。是に於いて荊軻車に就きて去り、終に已に顧みず。遂に秦に至り、樊於期の首及び督亢の地図を献ず。図窮まりて匕首見はれ、荊軻秦王を刺すも中らず、秦王剣を抜きて荊軻を撃つ。荊軻遂に八創を被り、事成らずして死す。
現代語訳
「必ず死ぬと分かっている使命に、覚悟をもって赴く」——決死の悲壮と、その凛とした姿を描いた、あまりに有名な「易水の別れ」と荊軻の物語の一段です。荊軻は、読書と剣を好む人物で、燕で犬肉屋や筑(琴の一種)の名手・高漸離と親交を結んでいました。秦に人質にされていた燕の太子丹は、脱走して帰国し、強大化する秦への復讐を誓います。そこで白羽の矢が立ったのが荊軻でした。荊軻は、秦王暗殺という、成功しても失敗しても生きて帰れない任務を引き受けます。太子丹は、天下一の鋭い短剣を用意し、毒を塗って準備しました。出発の日、太子と事情を知る者たちは、皆、白い喪服を着て(=もう二度と生きて会えない覚悟で)荊軻を見送ります。易水のほとりで、高漸離が筑を打ち鳴らし、荊軻がそれに和して歌う。その悲壮な調べに、人々は皆涙を流しました。そして荊軻は進み出て、あの名高い歌を吟じます。『風蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去りて復た還らず(風はもの寂しく吹き、易水は冷たい。勇士は一度旅立てば、二度とは帰らない)』。この歌に、見送る士たちは皆、目を見開き、髪の毛が逆立って冠を突き上げるほど(=激しく感奮した)でした。荊軻は車に乗り込むと、二度と振り返ることなく去っていきました。そして秦に至り、樊於期の首と燕の地図を献上する名目で秦王に近づき、地図に隠した短剣で襲いかかりますが、あと一歩のところで仕損じ、八ヶ所に傷を負って、任務を果たせぬまま死にました。ここに、覚悟と使命についての深い問いがあります。第一に、「必ず死ぬと分かっている使命に、覚悟をもって赴く」ことの凛々しさと悲壮。荊軻は、生きて帰れないと知りながら、振り返ることなく旅立った。この覚悟の潔さは、時代を超えて人の心を打ちます。第二に、しかし、この物語は「成功譚」ではありません。荊軻は暗殺に失敗し、燕はかえって秦の怒りを買って滅ぼされる。決死の覚悟が、必ずしも良い結果を生むとは限らない。第三に、それでもなお、司馬遷がこの五人の刺客を記録したのは(次段の太史公評)、結果の成否を超えて、彼らが自分の志を偽らず、覚悟をもって貫いた、その「立意(志の立て方)」の純粋さを評価したからです。組織や人生で、必ずしも報われるとは限らない困難な使命に、覚悟をもって向き合えるか。結果だけでなく、その志と覚悟の純粋さにも価値があるのではないか——荊軻の易水の別れは、覚悟の美しさと、その結果の重さの両方を、私たちに問いかけます。