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論語と算盤 / 常識と習慣・人生は努力にあり

世人は能く知力を進めねばならぬとか、時勢を解せねばならぬとか云ふが、成る程これは必要なことで、時を知り事を撰む上には、智力を進めること、即ち学問を修むる必要がある、とは言ふもの〻、智力如何に十分であつても、之を働らかさねば何の役にも立たない、そこで之を働かせるといふことは、即ち勉強して之を行ふことであつて、此の勉強が伴はぬと、百千の智も何等活用をなさぬ、而して其の勉強も、只一時の勉強では十分でない、終身勉強して始めて満足するものである、凡そ勉強心の強い国ほど国力が発展して居る、之に反して、怠惰国ほど其国は衰弱して居る、現に我が隣国支那などは、謂ゆる不勉強の好適例である、故に一人勉強して一郷その美風に薫じ、一郷勉強して一国その美風に化し、一国勉強して天下靡然として之に倣ふといふやうに、各自は啻に一人の為のみでなく、一郷一国乃至天下の為に、十分勉強の心懸が大切である。

書き下し

世人はよく知力を進めねばならぬとか、時勢を解せねばならぬとか言うが、なるほどこれは必要なことで、時を知り事を選む上には、智力を進めること、すなわち学問を修むる必要がある。とは言うものの、智力いかに十分であっても、これを働かさねば何の役にも立たない。そこでこれを働かせるということは、すなわち勉強してこれを行うことであって、この勉強が伴わぬと、百千の智も何ら活用をなさぬ。そしてその勉強も、ただ一時の勉強では十分でない。終身勉強して始めて満足するものである。およそ勉強心の強い国ほど国力が発展している。これに反して、怠惰国ほどその国は衰弱している。現に我が隣国支那などは、いわゆる不勉強の好適例である。ゆえに一人勉強して一郷その美風に薫じ、一郷勉強して一国その美風に化し、一国勉強して天下靡然としてこれに倣うというように、各自はただに一人のためのみでなく、一郷一国ないし天下のために、十分勉強の心懸けが大切である。

現代語訳

世間の人はよく、知力を伸ばさねばならないとか、時勢を理解しなければならないとか言う。なるほどこれは必要なことで、時を知り事を選ぶうえでは、知力を伸ばすこと、すなわち学問を修める必要がある。とはいえ、知力がどれほど十分でも、それを働かせなければ何の役にも立たない。そこで、それを働かせるということは、すなわち勉強して実行することであって、この勉強が伴わなければ、百千の知恵も何の役にも立たない。しかもその勉強も、一時だけの勉強では十分でない。生涯勉強し続けて、はじめて満足できるものである。およそ勉強心の強い国ほど国力が発展している。反対に、怠惰な国ほどその国は衰弱している。現にわが隣国の中国などは、いわゆる不勉強のよい例である。だから、一人が勉強すれば一郷がその美風に染まり、一郷が勉強すれば一国がその美風に感化され、一国が勉強すれば天下がなびいてそれに倣う、というように、各自はただ自分一人のためだけでなく、一郷一国、さらには天下のために、十分に勉強を心がけることが大切である。

解説

知識と実行の関係を論じた段である。渋沢は学問の必要をまず認める。時を知り、事を選ぶには知力が要る。だが知力はそれだけでは役に立たず、働かせてはじめて意味を持つ。その働かせることを彼は「勉強」と呼ぶ。今日の日本語の勉強が机に向かう学習を指すのに対し、渋沢の勉強は勤め励むこと、つまり実行の持続に重心がある。しかも一時の努力ではなく終身続けるものだという。後半で彼は勉強心を国力に結びつけ、隣国の中国を不勉強の例に挙げる。辛亥革命前後の混乱期にあった当時の中国を、日本の実業家がどう見ていたかを映す言葉であり、今日の目からは時代の偏りを含む見方として読むべきだろう。結びの、一人の勉強が一郷に、一郷が一国に、一国が天下に広がるという図式は、前の章の習慣の伝播論と同じ構造をしている。一人の働きぶりが組織の風土をつくる、という指摘として読み直すことができる。

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