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論語と算盤 / 常識と習慣・習慣の感染性と伝播力

著しい例証を挙ぐれば、近来新聞紙上に折々新文字が見える、一日甲の新聞に其の文字が登載されたかと思ふと、それが忽ち乙丙丁の新聞に伝載され、遂には社会一般の言語として誰しも怪しまぬことになる、彼の『ハイカラ』とか『成金』とかいふ言葉は即ち其の一例である、婦女子の言葉なども矢張左様で、近頃の女学生が頻りに『よくツてよ』とか『さうだわ』とかいふ類の言語を用ゐるのも、或種の習慣が伝播したものと云つて差支ない、また昔日は無かつた『実業』といふ文字の如きも、今日は最早習慣となり、実業といへば直ちに商工業のことを思はせるやうになつて来た、彼の『壮士』といふ文字なども、字面から見れば壮年の人でなければならぬ筈であるのに、今日では老人を指しても壮士といひ、誰一人それを怪むものなきに至つて居る、以て習慣が如何に感染性と伝播力とを持つて居るかを察知するに足るであらう、而して此の事実より推測する時は、一人の習慣は終に天下の習慣となり兼ねまじき勢であるから、習慣に対しては深い注意を払ふと共に、亦自重して貰はねばならぬのである。

書き下し

著しい例証を挙ぐれば、近来新聞紙上に折々新文字が見える。一日甲の新聞にその文字が登載されたかと思うと、それがたちまち乙丙丁の新聞に伝載され、ついには社会一般の言語として誰しも怪しまぬことになる。かの「ハイカラ」とか「成金」とかいう言葉はすなわちその一例である。婦女子の言葉などもやはりそうで、近頃の女学生がしきりに「よくってよ」とか「そうだわ」とかいう類の言語を用いるのも、ある種の習慣が伝播したものと言って差支えない。また昔日はなかった「実業」という文字のごときも、今日はもはや習慣となり、実業といえばただちに商工業のことを思わせるようになって来た。かの「壮士」という文字なども、字面から見れば壮年の人でなければならぬはずであるのに、今日では老人を指しても壮士といい、誰一人それを怪しむものなきに至っている。もって習慣がいかに感染性と伝播力とを持っているかを察知するに足るであろう。そしてこの事実より推測する時は、一人の習慣はついに天下の習慣となりかねまじき勢いであるから、習慣に対しては深い注意を払うとともに、また自重してもらわねばならぬのである。

現代語訳

はっきりした例を挙げれば、近ごろ新聞にときどき新しい言葉が現れる。ある日甲の新聞にその言葉が載ったかと思うと、たちまち乙・丙・丁の新聞にも転載され、ついには社会一般の言葉として誰も怪しまなくなる。あの「ハイカラ」とか「成金」とかいう言葉がまさにその一例である。女性や子どもの言葉もやはりそうで、近ごろの女学生がしきりに「よくってよ」とか「そうだわ」とかいった言葉を使うのも、ある種の習慣が伝播したものと言って差し支えない。また、昔はなかった「実業」という言葉なども、今日ではすっかり習慣となり、実業と言えばすぐに商工業のことを思い浮かべるようになった。あの「壮士」という言葉も、字面から見れば壮年の人でなければならないはずなのに、今日では老人を指しても壮士と言い、誰一人それを怪しむ者がいなくなっている。これで、習慣がいかに感染性と伝播力を持っているかを察するに足りるだろう。そしてこの事実から推し量れば、一人の習慣がついには天下の習慣にもなりかねない勢いなのだから、習慣には深く注意を払うとともに、各自が自重してもらわねばならないのである。

解説

習慣がうつるという主張の証拠として、渋沢は言葉の流行を持ち出す。ハイカラ、成金、女学生の「よくってよ」、そして実業という語である。興味深いのは「実業」を挙げている点だ。江戸の身分秩序では商人は低く見られ、商売を卑しむ気風は明治になっても根強かった。渋沢は官を辞して民間に移り、商工業の地位を引き上げることに生涯を費やした人物である。その彼が、昔はなかった「実業」という語がいつの間にか商工業を指す当たり前の言葉になった、と書くとき、そこには習慣の力で世の見方そのものが変わりうるという実感がこもっている。壮士の語が老人にも使われる例も、言葉の意味がずれながら定着する様子を示す。だから結びは「自重」である。一人の口癖や振る舞いが、やがて職場や業界の常識になる。発信する側に立つ者ほど、その伝播力を自覚しなければならない。

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