論語と算盤 / 常識と習慣・習慣の感染性と伝播力
また習慣は唯一人の身体にのみ附随して居るもので無く、他人に感染するもので、動もすれば人は他人の習慣を摸倣したがる、此の他に広まらんとする力は、単に善事の習慣ばかりでなく、悪事の習慣も同様であるから、大に警戒を要する次第である、言語動作の如きは、甲の習慣が乙に伝はり、乙の習慣が丙に伝はるやうな例は決して珍らしくない
書き下し
また習慣はただ一人の身体にのみ附随しているもので無く、他人に感染するもので、ややもすれば人は他人の習慣を模倣したがる。この他に広まらんとする力は、単に善事の習慣ばかりでなく、悪事の習慣も同様であるから、大いに警戒を要する次第である。言語動作のごときは、甲の習慣が乙に伝わり、乙の習慣が丙に伝わるような例は決して珍しくない。
現代語訳
また習慣は、ただ一人の身体にくっついているだけのものではなく、他人に感染する。人はややもすれば他人の習慣を真似したがるものだ。この、外へ広がろうとする力は、良い習慣だけでなく悪い習慣にも同じように働くのだから、大いに警戒を要する。言葉づかいや動作などは、甲の習慣が乙に伝わり、乙の習慣が丙に伝わるという例が、決して珍しくないのである。
解説
習慣は個人の内側の話だと思われがちだが、渋沢は感染するものとして扱う。証拠に挙げるのが当時の新語だ。一紙が使った言葉が翌日には他紙に載り、やがて誰も怪しまない社会の言葉になる——「ハイカラ」「成金」がそうだと言う。そして「一人の習慣は終に天下の習慣となり兼ねまじき勢」だから自重せよ、と結ぶ。組織で読むなら、これは上に立つ者への警告である。あなたの遅刻も、言葉の荒さも、私物化も、あなた一人のものではない。章の後半では、習慣は少年時代に固まるとしながら、自分は青年期の放縦な習慣を後年まで引きずり、それでも大部分は矯正できたと書く。改められないのは克己心の不足だ、と。
この章句が説くこと
習慣の感染性伝播力良習慣を養う克己心習慣謙虚さ
関連する章句
-
『韓非子』喻老第二十一志の難きは、人に勝つに在らず、自ら勝つに在り。故に曰く、「自ら勝つを之れ強と謂う。」
-
『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力ことに習慣は少年時代が大切であろうと思う。記憶の方から言っても、少年時代の若い頭脳に記憶したことは、老後に至っても多く頭脳の中に明確に存している。余のごときもいかなる時の事をよく記憶しているかと言えば、やはり少年時代のことで、経書でも歴史でも、少年の時に読んだことを最もよく覚えている。昨今いくら読んでも、その方は読む先から皆忘れてしまう。そういう訳であるから習慣も少年時代が最も大切で、一度習慣となったなら、それは固有性となって終生変わることはない。のみならず、幼少の頃から青年期を通じては、非常に習慣の着きやすい時である。それゆえにこの時期を外さず良習慣をつけ、それをして固性とするようにしたいものである。余は青年時代に家出して天下を流浪し、比較的放縦な生活をしたことが習慣となって、後年まで悪習慣が直らなくて困ったが、日々悪い習慣を直したいとの一念から、大部分はこれを矯正することが出来たつもりである。悪いと知りつつ改められぬのは、つまり克己心の足らぬのである。
-
『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力とかく習慣は不用意の間に出来上がるものであるから、大事に際してはそれを改めることが出来るのである。例えば、朝寝をする習慣の人が、常時はどうしても早起きが出来ないけれども、戦争とか火事とかいう場合に当たりては、いかに寝坊でも必ず早起きが出来るということから観ても、そう思われるのである。しからば何ゆえにそうなるかと言うに、習慣は些細のことであるとして軽蔑しやすいもので、日常それが我がままに伴っているからである。されば男女となく老若となく、心を留めて良習慣を養うようにしなければならぬのである。
-
論語・憲問篇南宮适、孔子に問いて曰く、「羿は射を善くし、奡は舟を盪かす。倶に其の死を得ざりき。禹・稷は躬ら稼して天下を有てり。」夫子答えず。南宮适出づ。子曰く、「君子なるかな若き人。徳を尚ぶかな若き人。」
-
論語・公冶長篇子貢問いて曰く、「孔文子、何を以て之を文と謂うや。」子曰く、「敏にして学を好み、下問を恥じず。是を以て之を文と謂うなり。」
-
論語・述而篇子曰わく、三人行えば必ず我が師有り。其の善を択びてこれに従い、その不善を以てこれを改む。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る