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論語と算盤 / 常識と習慣・悪んで其の美を知れ

余は動もすれば世人より誤解されて、渋沢は清濁併せ呑むの主義であるとか、正邪善悪の差別を構はぬ男であるとか評される、先頃も或者が来て真向から余に詰問し、『足下は日頃論語を以て処世上の根本主義とせられ、又論語主義を以て自ら行はれつ〻あるにも拘はらず、足下が世話される人の中には、全く足下の主義と反し、寧ろ非論語主義の者もあり、社会より指弾さる〻人物をも、足下は平然として之を近づけ、虚然として世評に関せざるが如き態度を取らる〻が、斯の如きは足下が高潔なる人格を傷くるものではあるまいか、其の真意が聞きたい』とのことであつた。

書き下し

余はややもすれば世人より誤解されて、渋沢は清濁併せ呑むの主義であるとか、正邪善悪の差別を構わぬ男であるとか評される。先頃もある者が来て真っ向から余に詰問し、「足下は日頃論語をもって処世上の根本主義とせられ、また論語主義をもって自ら行われつつあるにもかかわらず、足下が世話される人の中には、全く足下の主義と反し、むしろ非論語主義の者もあり、社会より指弾さるる人物をも、足下は平然としてこれを近づけ、虚然として世評に関せざるがごとき態度を取らるるが、かくのごときは足下が高潔なる人格を傷つくるものではあるまいか、その真意が聞きたい」とのことであった。

現代語訳

私はともすれば世間の人から誤解されて、渋沢は清濁あわせのむ主義であるとか、正邪善悪の区別をかまわない男であるとか評される。先ごろも、ある者がやって来て、真正面から私に詰問した。「あなたは日ごろ『論語』を処世の根本主義とされ、また論語主義をみずから実行しておられるにもかかわらず、あなたが世話をしている人のなかには、まったくあなたの主義に反する、むしろ非論語主義の者もいる。社会から非難されている人物をも、あなたは平然と近づけ、何食わぬ顔で世評を気にかけないような態度をとっておられるが、このようなことはあなたの高潔な人格を傷つけるものではないだろうか。その真意をお聞きしたい」とのことであった。

解説

「悪んで其の美を知れ」の章は、渋沢に向けられた詰問から始まる。論語を処世の根本とする人が、なぜ世間に指弾される人物まで近づけるのか。人格が汚れるのではないか。渋沢はこの問いを、自分に都合よく書き換えずにそのまま載せている。清濁併せ呑む、正邪善悪の差別を構わない、という評判は、実際に当時の渋沢についてしばしば言われたことだった。五百余りの会社に関わり、養育院をはじめ多くの社会事業にも携わった渋沢のもとには、あらゆる種類の人が出入りした。その中に評判の悪い人物が混じるのは避けられない。ここで大事なのは、渋沢が批判を真正面から受け止めていることである。自分の立場を説明する前に、相手の問いを正確に示す。反論の前にまず問いを誠実に扱う姿勢が、この章の答えに説得力を与えている。

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