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論語と算盤 / 常識と習慣・常識とは如何なるものか

情は一の緩和剤で、何事も此の一味の調合によつて平均を保ち、人生のことに総て円満なる解決を告げてゆくものである、仮りに人間界から情の分子を除却したらどういふ事にならうか、何も彼も極端から極端に走り、遂には如何ともすべからざる結果に逢著しなければなるまい、此故に人間に取つては『情』は欠くべからざる一機能である、併しながら情の欠点は最も感動の早いものであるから、悪くすると動き易いやうになる、人の喜怒哀楽愛悪慾の七情によりて生ずる事柄は変化の強いもので、心の他の部面に於てこれを制裁するものが無ければ、感情に走り過ぐるの弊が起る、是に於てか始めて『意志』なるもの〻必要が生じて来るのである。

書き下し

情は一の緩和剤で、何事もこの一味の調合によって平均を保ち、人生のことにすべて円満なる解決を告げてゆくものである。仮に人間界から情の分子を除却したらどういう事になろうか。何もかも極端から極端に走り、ついにはいかんともすべからざる結果に逢著しなければなるまい。このゆえに人間にとっては「情」は欠くべからざる一機能である。しかしながら情の欠点は最も感動の早いものであるから、悪くすると動きやすいようになる。人の喜怒哀楽愛悪欲の七情によりて生ずる事柄は変化の強いもので、心の他の部面においてこれを制裁するものが無ければ、感情に走り過ぐるの弊が起こる。ここにおいてか始めて「意志」なるものの必要が生じて来るのである。

現代語訳

情は一種の緩和剤であって、何事もこのひと味の調合によって釣り合いを保ち、人生の物事をすべて円満に解決へ導いていくものである。もし人間の世界から情の要素を取り除いたらどうなるだろうか。何もかもが極端から極端へ走り、ついにはどうにもならない結果に行き着かざるを得ないだろう。だから人間にとって「情」は欠くことのできない一つの働きである。しかしながら情の欠点は、最も感じて動くのが早いものであるから、悪くすると動揺しやすくなることだ。人の喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲という七情によって生じる事柄は、変化の激しいものであって、心の別の面でこれを制御するものがなければ、感情に走りすぎる弊害が起こる。ここにおいてはじめて、「意志」というものの必要が生じてくるのである。

解説

情を渋沢は「緩和剤」と呼ぶ。一味加えることで全体の釣り合いが取れ、物事が円満に収まる。情のない世界は、極端から極端へ走って、どうにもならない結末に行き着く。ここまでは情の擁護だが、渋沢は情の欠点もすぐに挙げる。感動が早い、つまり動きやすい。七情という言葉は『礼記』礼運篇に由来し、人の心の動きを七つに数えたもので、どれも変化が激しい。だから情だけに任せれば感情に走りすぎる。そこで意志が要る、と議論は次へ進む。智の欠点を情が補い、情の欠点を意が補う。渋沢の常識論は、三つの要素が互いの欠点を順に受け止める構造になっている。情に厚い人は人望を集めるが、その場の空気に流されやすい。思いやりと流されやすさが同じ根から出ていることを知っておけば、情を捨てずに情の弱点に備えることができる。

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