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論語と算盤 / 常識と習慣・常識とは如何なるものか

智の尊ぶべきものなることは実に前述の如くであるが、併し智ばかりで活動が出来るかといふに、決して左様いふものでない、そこに『情』といふものを巧みに案排しなければ、智の能力をして充分に発揮せしむることが出来ないのである、例を挙げて説明すれば、徒らに智ばかり勝つて情愛の薄い人間はどんなものであらうか、自己の利益を図らんとする為には、他人を突き飛ばしても蹴倒しても一向頓著しない、由来智恵が十分に働く人は、何事に対しても一見して其の原因結果の理を明かに知ることが出来、事物の見透しが付くのであるが、斯る人物にして若し情愛が無かつたら堪つたものでない、其の見透した終局までの事理を害用し、自己本位を以て何所までもやり通す、此の場合他人の迷惑や難儀なぞが如何に来ようとも、何とも思はぬほど極端になつて仕舞ふ、其所の不権衡を調和してゆくものが即ち情である、

書き下し

智の尊ぶべきものなることは実に前述のごとくであるが、しかし智ばかりで活動が出来るかというに、決してそういうものでない。そこに「情」というものを巧みに案排しなければ、智の能力をして充分に発揮せしむることが出来ないのである。例を挙げて説明すれば、いたずらに智ばかり勝って情愛の薄い人間はどんなものであろうか。自己の利益を図らんとするためには、他人を突き飛ばしても蹴倒しても一向頓著しない。由来智恵が十分に働く人は、何事に対しても一見してその原因結果の理を明らかに知ることが出来、事物の見透しが付くのであるが、かかる人物にしてもし情愛が無かったらたまったものでない。その見透した終局までの事理を害用し、自己本位をもってどこまでもやり通す。この場合他人の迷惑や難儀なぞがいかに来ようとも、何とも思わぬほど極端になってしまう。そこの不権衡を調和してゆくものがすなわち情である。

現代語訳

智が尊ぶべきものであることは、まさに前に述べたとおりである。しかし、智だけで活動ができるかといえば、決してそういうものではない。そこに「情」というものをうまく配合しなければ、智の能力を十分に発揮させることはできないのである。例を挙げて説明すれば、むやみに智ばかりが勝って、情愛の薄い人間はどういうものだろうか。自分の利益を図ろうとするためには、他人を突き飛ばそうが蹴倒そうが、いっこうに気にかけない。もともと知恵が十分に働く人は、何事に対しても一目見てその原因と結果の筋道をはっきり知ることができ、物事の見通しがつくのだが、そのような人物にもし情愛がなかったら、たまったものではない。見通した結末までの道理を悪用し、自分本位でどこまでもやり通す。その際、他人にどれほどの迷惑や難儀が及ぼうとも、何とも思わないほど極端になってしまう。そうした釣り合いの悪さを調和していくものが、すなわち情である。

解説

智を擁護した渋沢は、すぐに智だけの危うさへ話を移す。智に優れた人は物事の因果を一目で見通せる。その人に情愛がなければ、見通した筋道を自己の利益のために使い、他人を突き飛ばしても蹴倒しても平気になる。能力が高いほど害も大きい、という指摘である。明治以降、急速に富を築いた実業家の中には、まさにこうした振る舞いで世の批判を浴びる者が少なくなかった。渋沢が道徳経済合一説を唱えたのは、この種の「智ばかり勝つた」成功を実業の本来の姿と認めなかったからである。ここで情は、智の働きを抑える力ではなく、智が生む不権衡を「調和してゆくもの」と位置づけられている。有能な人ほど、自分の見通しの正しさを理由に他人の事情を切り捨てやすい。切れ者の部下や、自分自身の判断を省みるための、耳の痛い一段である。

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