呻吟語 / 内篇・談道・過ちは已發の後に在らず
發不中節,過不在已發之後。
新字:発不中節,過不在已発之後。
書き下し
發して節に中たらざるは、過ち已發の後に在らず。
現代語訳
感情が表に出て、それが節度に合わなかったとしたら、過ちは表に出た後にあるのではありません。
解説
怒りが爆発してから反省しても遅い、という一行です。出方が乱れたのなら、乱れは出る前からすでにあった。つまり直すべきは表現の技術ではなく、出てくる前の心の平生だという指摘になります。中庸の未発已発の議論を、たった十数字で実践に引き戻しました。人前で失言した後に言い方を悔やむより、静かなときの自分を整えよということです。
この章句が説くこと
感情節度未発平生修養
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