孫子 / 謀攻篇
將不勝其忿而蟻附之,殺士卒三分之一,而城不拔者,此攻之災也。
新字:将不勝其忿而蟻附之,殺士卒三分之一,而城不抜者,此攻之災也。
書き下し
将その忿に勝えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺し、城抜けざる者、此れ攻の災なり。
現代語訳
怒りに任せて城攻めをすれば大損害を出し、落とせないのは災厄である。
解説
謀攻篇で、感情に任せた無謀な攻めの悲惨さを描いた一節です。将軍が怒りを抑えきれず、兵を蟻のように城壁に取りつかせて力攻めすれば、兵の三分の一を失ってもなお城は落ちない——これこそ攻撃の災いだ、と孫子は言います。焦りや怒りで無理に突撃させることが、いかに甚大な損害を生むかへの警告です。仕事でも、感情的になって無理押しをすれば、大きな犠牲を払いながら成果は得られない、という事態が起こります。うまくいかない焦りから、勝算のない力攻めに人と資源を投じてしまう。だからこそ、決断は怒りや意地ではなく、冷静な勝算にもとづくべきです。感情で兵を損なう愚を避ける——リーダーの自制心が、組織を無用な損失から守ります。
この章句が説くこと
感情失敗攻城
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