論語と算盤 / 立志と学問・勇猛心の養成法
故に古来の武術家の性格が一般に沈著にして、而かも敏活であるのは、武術の試合が下腹部を鍛錬するものであると共に、一方全力を傾倒して活動する習慣より、自在に一身を動かすやうに為つたからであると思ふ。
書き下し
ゆえに古来の武術家の性格が一般に沈著にして、しかも敏活であるのは、武術の試合が下腹部を鍛錬するものであるとともに、一方全力を傾倒して活動する習慣より、自在に一身を動かすようになったからであると思う。
現代語訳
だから昔から武術家の性格が総じて沈着で、しかも敏活であるのは、武術の試合が下腹部を鍛えるものであるとともに、一方で全力を傾けて活動する習慣から、自在に体を動かせるようになったからであると思う。
解説
前段の身体論を、武術家という実例で裏づける短い一段である。沈著でありながら敏活、つまり落ち着いていて、しかも動きが速い。ふつうは両立しにくいこの二つが、武術家には共に備わっている、と渋沢は見る。理由は二つ挙がる。試合が下腹部を鍛えること、そして全力を傾けて動く習慣が、体を自在に使えるようにすることだ。渋沢自身、若いころ神道無念流の剣術を学んだことが知られている。同じ部の「君子の争ひたれ」の章で、出納局長の拳を身をかわして退けた話も、この素養と無関係ではないだろう。落ち着きとは動かないことではなく、いつでも全力で動ける状態で静かにしていることだ、という理解がここにある。慌てず、しかし遅れない。変化の速い時代の意思決定者に求められる資質を、渋沢は武術家の姿で言い当てている。
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法活力旺盛となって、心身潑溂となれば、自然に大活動を生ずる。大活動をなすについてその方法を誤れば、甚だしい過失を生ずる人となる。そこで平生注意を払って、いかに猛進すべきかを考えておかねばならぬ。猛進する力が正義の観念をもって鼓舞されると、非常に勢いを助長するものであるが、その正義を断行する勇気はいかにして養うかと言えば、平生より注意して、まず肉体上の鍛錬をせねばならぬ。すなわち武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にするとともに、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである。下腹部の鍛錬は、今日腹式呼吸法とか、静座法とか、息心調和法とか称して盛んに流行しているが、すべて人の常として脳へ充血しやすく、自然神経過敏となって、物事に動じやすくなるものであるが、下腹部に力を籠める習慣を生ずれば、心寛く体胖かなる人となりて、沈著の風を生じ、勇気ある人となるのである。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法勇気の修養には肉体上の修養とともに、内省的の修養に注意せねばならぬ。読書の上において、古来勇者の言行に私淑して感化を受くるもよし、また長上の感化を受け、説話を聴いて、深く身に体し行う習慣を養成し、一歩一歩剛健なる精神を向上せしめ、正義に関する趣味と自信とを養って、喜び望んで義に進むまでに到れば、勇気は自ずと生じて来るであろう。ただ注意すべきことは、くれぐれも青年時代の血気にはやり、前後の分別を誤って血気を悪用し、勇気を誤り用いて暴慢なる行動を執るようなことがあってはならぬ。品性の劣等なるものは勇気にあらずして、自然野卑狂暴となり、かえって社会に害毒を流し、ついには一身を滅亡するに到るものであるから、この点はよくよく注意し、平生の修養を怠ってはならぬ。
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