論語と算盤 / 立志と学問・勇猛心の養成法
活力旺盛となつて、心身潑溂となれば、自然に大活動を生ずる、大活動をなすに就て其の方法を誤れば、甚しい過失を生ずる人となる、そこで平生注意を払つて、如何に猛進すべきかを考へて置かねばならぬ、猛進する力が正義の観念を以て鼓舞されると、非常に勢を助長するものであるが、其の正義を断行する勇気は如何にして養ふかと言へば、平生より注意して、先づ肉体上の鍛錬をせねばならぬ、即ち武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にすると共に、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである、下腹部の鍛錬は、今日腹式呼吸法とか、静座法とか、息心調和法とか称して盛んに流行して居るが、総て人の常として脳へ充血し易く、自然神経過敏となつて、物事に動じ易くなるものであるが、下腹部に力を籠める習慣を生ずれば、心寛く体胖かなる人となりて、沈著の風を生じ、勇気ある人となるのである、
新字:活力旺盛となつて、心身溌溂となれば、自然に大活動を生ずる、大活動をなすに就て其の方法を誤れば、甚しい過失を生ずる人となる、そこで平生注意を払つて、如何に猛進すべきかを考へて置かねばならぬ、猛進する力が正義の観念を以て鼓舞されると、非常に勢を助長するものであるが、其の正義を断行する勇気は如何にして養ふかと言へば、平生より注意して、先づ肉体上の鍛錬をせねばならぬ、即ち武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にすると共に、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである、下腹部の鍛錬は、今日腹式呼吸法とか、静座法とか、息心調和法とか称して盛んに流行して居るが、総て人の常として脳へ充血し易く、自然神経過敏となつて、物事に動じ易くなるものであるが、下腹部に力を籠める習慣を生ずれば、心寛く体胖かなる人となりて、沈著の風を生じ、勇気ある人となるのである、
書き下し
活力旺盛となって、心身潑溂となれば、自然に大活動を生ずる。大活動をなすについてその方法を誤れば、甚だしい過失を生ずる人となる。そこで平生注意を払って、いかに猛進すべきかを考えておかねばならぬ。猛進する力が正義の観念をもって鼓舞されると、非常に勢いを助長するものであるが、その正義を断行する勇気はいかにして養うかと言えば、平生より注意して、まず肉体上の鍛錬をせねばならぬ。すなわち武術の練磨、下腹部の鍛錬は自然身体を健康にするとともに、著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである。下腹部の鍛錬は、今日腹式呼吸法とか、静座法とか、息心調和法とか称して盛んに流行しているが、すべて人の常として脳へ充血しやすく、自然神経過敏となって、物事に動じやすくなるものであるが、下腹部に力を籠める習慣を生ずれば、心寛く体胖かなる人となりて、沈著の風を生じ、勇気ある人となるのである。
現代語訳
活力が盛んになり、心も体もはつらつとすれば、自然に大きな活動が生まれる。大きな活動をするにあたって、そのやり方を誤れば、ひどい過ちを犯す人になる。そこで、ふだんから注意を払って、どのように猛進すべきかを考えておかなければならない。猛進する力が正義の観念によって励まされると、非常に勢いを増すものである。では、その正義を断行する勇気はどうやって養うのかといえば、ふだんから注意して、まず身体の鍛錬をしなければならない。すなわち武術の稽古や下腹部の鍛錬は、自然と体を健康にするとともに、著しく精神を磨き、心と体の一致した行動に慣れさせ、自信を生み、おのずと勇猛心を高めるものである。下腹部の鍛錬は、今日、腹式呼吸法とか静座法とか息心調和法とかいう名で盛んに流行している。人はたいてい頭に血が上りやすく、自然と神経過敏になって物事に動じやすくなるものだが、下腹部に力を込める習慣ができれば、心は広く体はのびやかな人となって、落ち着いた風格が生まれ、勇気のある人になるのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法勇気の修養には肉体上の修養とともに、内省的の修養に注意せねばならぬ。読書の上において、古来勇者の言行に私淑して感化を受くるもよし、また長上の感化を受け、説話を聴いて、深く身に体し行う習慣を養成し、一歩一歩剛健なる精神を向上せしめ、正義に関する趣味と自信とを養って、喜び望んで義に進むまでに到れば、勇気は自ずと生じて来るであろう。ただ注意すべきことは、くれぐれも青年時代の血気にはやり、前後の分別を誤って血気を悪用し、勇気を誤り用いて暴慢なる行動を執るようなことがあってはならぬ。品性の劣等なるものは勇気にあらずして、自然野卑狂暴となり、かえって社会に害毒を流し、ついには一身を滅亡するに到るものであるから、この点はよくよく注意し、平生の修養を怠ってはならぬ。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法ゆえに古来の武術家の性格が一般に沈著にして、しかも敏活であるのは、武術の試合が下腹部を鍛錬するものであるとともに、一方全力を傾倒して活動する習慣より、自在に一身を動かすようになったからであると思う。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法要するに、我が国今日の状態は、姑息なる考えをもって、従来の事業を謹直に継承して足れりとすべき時代ではない。まだ創設の時代であって、先進国の発展に企及し、さらに凌駕せねばならぬのであるから、一般に一大覚悟をもって、万難を排し勇往猛進すべき時である。それには不断心身の健全なる発達を促し、潑溂たる活動をなし得る活力を旺盛ならしむる心掛けを忘れてはならぬ。青年に対してことにこの点を望んでやまぬ次第である。
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『論語と算盤』人格と修養・誤解され易き元気元気というものはそういうもので無い。すなわち孟子のいわゆる至大至剛、至って大きく至って強いもの、そして「直きを以て養う」、道理正しきすなわち至誠をもって養って、それがいつまでも継続する。ただちょっと一時、酒飲み元気で、昨日はあったけれども今日は疲れてしまったという、そんな元気では駄目である。直きをもって養って餒えるところがなければ、「則ち天地の間に塞つ」。これこそ本当の元気であると思う。
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『論語と算盤』成敗と運命・細心にして大胆なれまた余りに堅苦しく物事に拘泥し、細事に没頭する時は、自然に溌溂たる気力を銷磨し、進取の勇気を挫くことになるのであるから、この点も深く注意せねばならぬ。もとより細心周到なる努力は必要であるが、一方大胆なる気力を発揮して、細心大胆両者相待ち、溌溂たる活動をなし、始めて大事業を完成し得るものであるから、近来の傾向については、大いに警戒せねばならぬ。
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『論語と算盤』常識と習慣・親切らしき不親切文句は一々覚えていないが、人のためを計ると言っても、その室に闖入してその戸を破る、これをしも忍ぶかと言ったような意味や、それから梁の恵王が政事を問うた時に、「庖に肥肉あり、厩に肥馬あり、民に饑色あり、野に餓莩あり、これ獣を率いて人を食ましむるものなり」と言って、刃をもって人を殺すも、政事をもって人を殺すも、同じだと断定している。それから告子と不動心説を論じた所に、「心に得ずとも気に求むることなかれとは可なれども、言に得ずも心に求むることなかれとは不可なり、それ志は気の帥なり、気は体の充てるなり、それ志は至れり、気は次ぐ、ゆえに曰く、その志を持してその気を暴うことなかれ」とある。これは志はすなわち心の本で、気は心の所作となって現れる末である。志は善で忠恕の道に契っていても、出来心と言ってふと志に適わぬことをすることが往々ある。だからその本心を持して出来心たる気を暴わぬよう、すなわち所作に間違いのないように不動心術の修養が肝要である。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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