孫子 / 九地篇
吾士無餘財,非惡貨也;無餘命,非惡壽也。令發之日,士卒坐者涕沾襟,偃臥者淚交頤。投之無所往者,則諸、劌之勇也。
新字:吾士無余財,非悪貨也;無余命,非悪寿也。令発之日,士卒坐者涕沾襟,偃臥者涙交頤。投之無所往者,則諸、劌之勇也。
書き下し
吾が士に余財無きは、貨を悪むに非ざるなり。余命無きは、寿を悪むに非ざるなり。令の発するの日、士卒の坐する者は涕襟を沾し、偃臥する者は涙頤に交わる。之を往く所無きに投ずれば、則ち諸・劌の勇なり。
現代語訳
味方の兵が財を残さないのは、財貨を憎んでいるからではない。命を惜しまないのは、長生きを憎んでいるからではない。出撃命令が下る日には、座っている兵は涙で襟を濡らし、横たわる兵は涙が顎を伝う。だがそういう兵を行き場のない所に投じれば、専諸や曹劌のような勇者になる。
解説
覚悟を決めた兵も、命令が下る日には泣くのだという記述が、この篇の中で異彩を放っている。孫子は兵を勇敢な存在としてではなく、恐れる普通の人間として描いた。そのうえで、状況が人を変えると言う。勇気は資質ではなく状況の産物だという見方は、人を評価する際の前提を揺さぶる。あの人は度胸がある、この人は臆病だという評価の多くは、実は置かれた状況の違いを人の性質に読み替えているだけかもしれない。人を変えようとする前に、置き場所を疑う理由がここにある。
この章句が説くこと
勇気状況人物評価恐れ配置
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