論語と算盤 / 立志と学問・社会と学問との関係
此の一例は、学問と社会との関係の上に応用して考へて見ると、直ちに了解し得る事と思ふが、兎に角、社会の事物の複雑なることを、前以て充分に会得して、如何に用意して居ても、実際には意外なことが多いものであるから、学生は平常一層の注意を払つて研究して置かねばならぬのである。
書き下し
この一例は、学問と社会との関係の上に応用して考えて見ると、直ちに了解し得る事と思うが、とにかく、社会の事物の複雑なることを、前もって充分に会得して、いかに用意していても、実際には意外なことが多いものであるから、学生は平常一層の注意を払って研究しておかねばならぬのである。
現代語訳
この一例は、学問と社会との関係に当てはめて考えてみれば、すぐに理解できることと思う。ともかく、社会の物事が複雑であることを前もって十分に心得て、どれほど用意していても、実際には意外なことが多いものであるから、学生はふだんからいっそうの注意を払って研究しておかなければならないのである。
解説
地図と実地の比喩を受けた、章の結びの一段である。渋沢の結論は二重になっている。社会の複雑さを前もって十分に会得せよ。しかし、どれほど用意しても実際には意外なことが多い。準備を説きながら、準備の限界も同時に認めているのである。これは一見矛盾に見えるが、実務家の知恵としては筋が通っている。準備の意味は、意外なことを無くすことではなく、意外なことが起きても大局を見失わないための足場を作ることにある。地図が詳しいほど、実地との違いにも気づきやすい。学生に向けた言葉だが、新規事業の計画書を書く人にも、そのまま当てはまる。計画は必ず狂う。狂うことを前提に、どこで何を頼りに立て直すかまで考えておくことが、本当の意味での用意なのである。
関連する章句
-
『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係あたかも地図を見る時と実地を歩行する時とのごときものである。地図をひらいて眼を注げば、世界もただ一目の下に在る、一国一郷は指顧の間にあるごとくに見える。参謀本部の製図は随分詳密なもので、小川小丘から土地の高低傾斜までも明らかに分かるように出来ているが、それでも実際と比較して見ると、予想外のことが多い。それを深く考慮せず、充分に熟知したつもりで、いよいよ実地に踏み出して見ると、茫漠として大いに迷う。山は高く谷は深し、森林は連なり、河は広く流るるという間に、道を尋ねて進むと、高岳に出会い、いくら登っても頂上に達し得ぬ。あるいは大河に遮られて途方に暮れることもあろうし、道路が迂回して容易に進まれぬこともある。あるいは深い谷に入っていつ出ることが出来るかと思うこともある。到る処に困難なる場所を発見する。もしこの際十分の信念がなく、大局を観るの明がないなら、失望落胆して勇気は出ず、自暴自棄に陥って、野山の差別なく狂い回るごとき事となって、ついには不幸なる終わりを見るであろう。
-
『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係学問と社会とはさほど大なる相違のあるものではないが、学生時代の予想があまりに過大であるから、面倒なる活社会の状態を実見して、意外の感を催すものである。今日の社会は昔とは異なりて、種々複雑となっているから、学問においても多くの科目に分かれて政治、経済、法律、文学、または農とか商とか工とかいうがごとく区別され、しかもその各分科の中においても、工科の中に電気、蒸気、造船、建築、採鉱、冶金などの各分科があり、比較的単純に見える文学でも、哲学とか歴史とか種々に分かれて、教育に従事するもの、小説を作るもの、各々その希望に従ってはなはだ複雑多岐である。ゆえに実際の社会において各自の活動する筋道も、学校にありし時、机上において見たごとく分明でないから、ともすれば迷いやすく誤りがちになる。学生は常にこれらの点に注意して、大体に眼を著け大局を誤らずして、自己の立脚地を見定めねばならぬ。すなわち自己の立場と他人の立場とを、相対的に見ることを忘れてはならぬ。
-
『論語と算盤』立志と学問・社会と学問との関係元来人情の通弊として、とかくに功を急ぎ大局を忘れて、勢い事物に拘泥し、わずかな成功に満足するかと思えば、さほどでもない失敗に落胆する者が多い。学校卒業生が社会の実務を軽視し、実際上の問題を誤解するのも、多くはこのためである。ぜひともこの誤れる考えは改めねばならぬが、その参考として学問と社会との関係を考察すべき例を挙げると。
-
『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和またそれと同時に、自分の境遇がその志を遂ぐることを許すや否やを深く考慮することも必要で、例えば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立てても、これに資力が伴わなければ、思うようにやり遂げることは困難であるというようなこともあるから、これならばいずれから見ても、一生を貫いてやることが出来るという確かな見込みの立った所で、初めてその方針を確定するがよい。しかるにさほどまでの熟慮考察を経ずして、ちょっとした世間の景気に乗じ、うかと志を立てて駆け出すような者もよくあるけれども、これでは到底末の遂げられるものではないと思う。
-
『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和生まれながらの聖人なら知らぬこと、我々凡人は志を立てるに当たっても、とかく迷いやすいのが常である。あるいは眼前社会の風潮に動かされ、あるいは一時周囲の事情に制せられて、自分の本領でもない方面へ浮々と乗り出す者が多いようであるけれども、これでは真に志を立てた者とは言われない。ことに今日のごとく世の中が秩序立って来ては、一度立てた志を中途から他に転ずるなどのことがあっては非常の不利益が伴うから、立志の当初最も慎重に意を用いるの必要がある。その工夫としてはまず自己の頭脳を冷静にし、しかる後自分の長所とするところ、短所とするところを精細に比較考察し、その最も長ずる所に向かって志を定めるがよい。
-
『論語と算盤』常識と習慣・人生は努力にあり要するに、事は平生にある。これを例すると医師と病人との関係のごときものである。平常衛生のことに注意を怠っていて、いざ病気という時に医家の門に駆けつけるというようなもので、医者は病人を治すが職務であるから、いつでも治してくれると思っては大違いである。医家は必ず平常の衛生を勧めるに相違ない。ゆえに予はすべての人に、不断の勉強を望むと同時に、事物に対する平生の注意を怠らぬように心掛くることを説きたいと思うのである。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る