論語と算盤 / 立志と学問・大立志と小立志との調和
尚ほ『四十にして惑はず』とあるより想像すれば、一度立てた志を持ちて世に処するに方り、外界の刺戟位では決して其の志は動かされぬといふ境域に入つて、何所までも自信ある行動が執れるやうになつたと謂ふのであらうから、玆に到つて立志が漸く実を結び、且つ固まつて仕舞つたと謂ふことが出来るだらう、して見れば孔子の立志は十五歳から三十歳の間にあつたやうに思はれる、学に志すと曰はれた頃は、未だ幾分志が動揺して居たらしいが、三十歳に至つて稍決心の程が見え、四十歳に及んで始めて立志が完成されたやうである。
書き下し
なお「四十にして惑わず」とあるより想像すれば、一度立てた志を持ちて世に処するに当たり、外界の刺戟くらいでは決してその志は動かされぬという境域に入って、どこまでも自信ある行動が執れるようになったというのであろうから、ここに到って立志がようやく実を結び、かつ固まってしまったということが出来るだろう。してみれば孔子の立志は十五歳から三十歳の間にあったように思われる。学に志すと言われた頃は、いまだ幾分志が動揺していたらしいが、三十歳に至ってやや決心のほどが見え、四十歳に及んで始めて立志が完成されたようである。
現代語訳
さらに「四十にして惑わず」とあるところから想像すれば、一度立てた志を持って世を渡るにあたり、外からの刺激ぐらいでは決してその志が動かされないという境地に入り、どこまでも自信のある行動がとれるようになったというのであろう。だから、ここに至って立志がようやく実を結び、しかも固まってしまったと言うことができるだろう。してみると、孔子の立志は十五歳から三十歳までの間にあったように思われる。学に志すと言われた頃は、まだいくらか志が揺れていたらしいが、三十歳になってやや決心のほどが見え、四十歳に及んではじめて立志が完成されたようである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和以上述べる所は主として立志の工夫であるが、古人はいかに立志をしたものであるか、参考として孔子の立志について研究して見よう。自分が平素処世上の規矩としている論語を通じて孔子の立志を窺うに、「十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る云々」とある所より推測すれば、孔子は十五歳の時すでに志を立てられたものと思われる。しかしながらその「学に志す」と言われたのは、学問をもって一生を過ごすつもりであるという志を固く定めたものかどうか、これはやや疑問とする所で、ただこれから大いに学問しなければならぬというくらいに考えたものではなかろうか。さらに進んで「三十にして立つ」と言われたのは、この時すでに世に立って行けるだけの人物となり、修身斉家治国平天下の技倆ありと自信する境地に達せられたのであろう。
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『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和これを要するに、立志は人生という建築の骨子で、小立志はその修飾であるから、最初にそれらの組合せをしっかと考えてかからなければ、後日に至って折角の建築が半途で毀れるようなことにならぬとも限らぬ。かくのごとく立志は人生にとって大切の出発点であるから、何人も軽々に看過することは出来ぬのである。立志の要はよく己を知り、身の程を考え、それに応じて適当なる方針を決定する以外にないのである。誰もよくその程を計って進むように心掛けるならば、人生の行路において間違いの起こる筈は万々ないことと信ずる。
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『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和生まれながらの聖人なら知らぬこと、我々凡人は志を立てるに当たっても、とかく迷いやすいのが常である。あるいは眼前社会の風潮に動かされ、あるいは一時周囲の事情に制せられて、自分の本領でもない方面へ浮々と乗り出す者が多いようであるけれども、これでは真に志を立てた者とは言われない。ことに今日のごとく世の中が秩序立って来ては、一度立てた志を中途から他に転ずるなどのことがあっては非常の不利益が伴うから、立志の当初最も慎重に意を用いるの必要がある。その工夫としてはまず自己の頭脳を冷静にし、しかる後自分の長所とするところ、短所とするところを精細に比較考察し、その最も長ずる所に向かって志を定めるがよい。
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論語・為政篇子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず。
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葉隠・聞書第一上方(かみがた)にて易者(えきしゃ)申し候は、御出家方(ごしゅっけがた)にても、四十より内の立身(りっしん)無用にて候。誤り有るものにて候。四十にして惑はずと云ふは、孔子の上ばかりにてはなし。賢愚(けんぐ)共に四十になれば、たけたけ相応に功(こう)の入りて惑はぬものとなり。
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『論語と算盤』立志と学問・大立志と小立志との調和またそれと同時に、自分の境遇がその志を遂ぐることを許すや否やを深く考慮することも必要で、例えば、身体も強壮、頭脳も明晰であるから、学問で一生を送りたいとの志を立てても、これに資力が伴わなければ、思うようにやり遂げることは困難であるというようなこともあるから、これならばいずれから見ても、一生を貫いてやることが出来るという確かな見込みの立った所で、初めてその方針を確定するがよい。しかるにさほどまでの熟慮考察を経ずして、ちょっとした世間の景気に乗じ、うかと志を立てて駆け出すような者もよくあるけれども、これでは到底末の遂げられるものではないと思う。
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