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論語と算盤 / 立志と学問・精神老衰の予防法

試みに一人の学生が三十歳まで学問のために時を費すならば、少くも七十位までは働かねばならぬ、若し五十や五十五で老衰するとすれば、僅に二十年か二十五年しか働く時はない、但し非凡なる人は、百年の仕事を十年の間に為るかも知れぬが、多数の人に望むには、さういふ例外を以てする訳にはいかない、況んや社会の事物が益々複雑して来る場合に於てをや、但し各種の学芸技術が追々進化して来るから、幸に博士方の新発明で、年取つても一向に衰弱せぬとか、或は若い間にも満足なる智恵を持つといふやうな馬車より自働車、自働車より飛行機で世界を狭くするやうに、人間の活動を今日よりも大に強めて、生れ児が直ちに用立つ人となつて、さうして死ぬまで活動するといふ工夫が付けば、是は何よりである、どうぞ田中館先生などに其の御発明を願ひたいものである、

書き下し

試みに一人の学生が三十歳まで学問のために時を費やすならば、少なくも七十くらいまでは働かねばならぬ。もし五十や五十五で老衰するとすれば、わずかに二十年か二十五年しか働く時はない。ただし非凡なる人は、百年の仕事を十年の間にするかも知れぬが、多数の人に望むには、そういう例外をもってする訳にはいかない。いわんや社会の事物がますます複雑して来る場合においてをや。ただし各種の学芸技術が追々進化して来るから、幸いに博士方の新発明で、年取っても一向に衰弱せぬとか、あるいは若い間にも満足なる智恵を持つというような、馬車より自動車、自動車より飛行機で世界を狭くするように、人間の活動を今日よりも大いに強めて、生まれ児が直ちに用立つ人となって、そうして死ぬまで活動するという工夫が付けば、これは何よりである。どうぞ田中館先生などにその御発明を願いたいものである。

現代語訳

試みに、一人の学生が三十歳まで学問のために時間を費やすとすれば、少なくとも七十歳くらいまでは働かなければならない。もし五十や五十五で老衰するとすれば、わずか二十年か二十五年しか働く時間はない。もっとも非凡な人は、百年分の仕事を十年でやってのけるかもしれないが、多くの人に望む場合には、そういう例外を基準にするわけにはいかない。まして社会の事物がますます複雑になってくる場合にはなおさらである。ただし、さまざまな学問や技術が次第に進歩してくるから、幸いに博士方の新発明によって、年を取ってもまったく衰えないとか、あるいは若いうちから十分な知恵を持つとかいうように、馬車より自動車、自動車より飛行機で世界を狭くするのと同じように、人間の活動を今日よりも大いに強め、生まれた子がすぐに役に立つ人となって、そうして死ぬまで活動するという工夫がつけば、これに越したことはない。どうか田中館(愛橘)先生などに、そのご発明をお願いしたいものである。

解説

前段の問題を渋沢は数字で示す。三十歳まで学ぶなら、少なくとも七十歳までは働かねばならない。五十や五十五で老衰すれば、働けるのは二十年か二十五年にすぎない。そのうえで渋沢は、馬車から自動車、自動車から飛行機へと世界が狭くなったように、科学の力で老いても衰えず、生まれてすぐ役立ち、死ぬまで活動できる工夫がつけば何よりだ、物理学者の田中舘愛橘先生に発明を願いたい、と冗談めかして語る。このユーモアの裏には、教育期間の長期化と職業寿命のずれという真剣な問題意識がある。七十歳まで働くという渋沢の目安は、百年以上前の言葉とは思えないほど今日的である。技術に頼る夢を語りつつ、この後の段で渋沢が示す現実の答えは、学問によって精神の老衰を防ぐことであった。

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