論語と算盤 / 立志と学問・精神老衰の予防法
是に付て考へて見ても、お互に平素飽くまで刻苦励精して、今日までに進んだ国運をして、どうぞ弥増に拡張させたいと思ふが、それに付て一言したいことは、近頃は青年青年と云つて、青年説が大変に多い、青年が大事だ、青年に注意しなければならぬと云ふは、私も同意するが、私は自分の位置から言ふと、青年も大事であるけれども、老年も亦大切であると思ふ、青年とばかり言うて、老人はどうでも宜いと言ふのは考へ違ではないか、曾て他の会合の時にも言つたが、自分は文明の老人たることを希望する、果して自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明の老人の積りであるが、諸君が見たら或は野蛮の老人かも知れぬ、併し能々考察すると、私の青年の時分に比較して見ると、青年の事務に就く年齢が頗る遅いと思ふ、例へば朝の日の出方が余程遅くなつて居る、さうして早く老衰して引込むと、其の活動の時間が大層少くなつてしまふ、
新字:是に付て考へて見ても、お互に平素飽くまで刻苦励精して、今日までに進んだ国運をして、どうぞ弥増に拡張させたいと思ふが、それに付て一言したいことは、近頃は青年青年と云つて、青年説が大変に多い、青年が大事だ、青年に注意しなければならぬと云ふは、私も同意するが、私は自分の位置から言ふと、青年も大事であるけれども、老年も亦大切であると思ふ、青年とばかり言うて、老人はどうでも宜いと言ふのは考へ違ではないか、曽て他の会合の時にも言つたが、自分は文明の老人たることを希望する、果して自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明の老人の積りであるが、諸君が見たら或は野蛮の老人かも知れぬ、併し能々考察すると、私の青年の時分に比較して見ると、青年の事務に就く年齢が頗る遅いと思ふ、例へば朝の日の出方が余程遅くなつて居る、さうして早く老衰して引込むと、其の活動の時間が大層少くなつてしまふ、
書き下し
これについて考えて見ても、お互いに平素あくまで刻苦励精して、今日までに進んだ国運をして、どうぞいや増しに拡張させたいと思うが、それについて一言したいことは、近頃は青年青年と言って、青年説が大変に多い。青年が大事だ、青年に注意しなければならぬと言うは、私も同意するが、私は自分の位置から言うと、青年も大事であるけれども、老年もまた大切であると思う。青年とばかり言うて、老人はどうでもよいと言うのは考え違いではないか。かつて他の会合の時にも言ったが、自分は文明の老人たることを希望する。果たして自分が文明の老人か野蛮の老人か、世評はどうであるか知らぬが、自分では文明の老人のつもりであるが、諸君が見たらあるいは野蛮の老人かも知れぬ。しかしよくよく考察すると、私の青年の時分に比較して見ると、青年の事務に就く年齢がすこぶる遅いと思う。例えば朝の日の出方がよほど遅くなっている。そうして早く老衰して引っ込むと、その活動の時間が大層少なくなってしまう。
現代語訳
このことについて考えてみても、お互いにふだんからあくまで苦心して励み、今日まで進んできた国の運勢を、どうかますます伸ばしていきたいと思うが、それについて一言したいのは、近ごろは青年、青年と言って、青年論がたいへん多いことである。青年が大事だ、青年に注意しなければならない、ということには私も同意するが、私は自分の立場から言うと、青年も大事だけれども、老年もまた大切だと思う。青年のことばかり言って、老人はどうでもよいと言うのは考え違いではないか。以前ほかの会合のときにも言ったが、自分は文明の老人であることを希望する。はたして自分が文明の老人か野蛮の老人か、世間の評判はどうだか知らないが、自分では文明の老人のつもりである。しかし諸君が見たら、あるいは野蛮の老人かもしれない。それはともかく、よくよく考えてみると、私の青年時代に比べて、青年が仕事に就く年齢がたいへん遅くなっていると思う。たとえて言えば、朝の日の出がずいぶん遅くなっているのである。そのうえ早く老衰して引っ込んでしまうと、その活動の時間がたいそう少なくなってしまう。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法それまでの間は年寄りがやはり十分に働くことを心懸ける外なかろうと思うのである。そうして文明の老人たるには、身体はたとい衰弱するとしても、精神が衰弱せぬようにしたい。精神を衰弱せぬようにするは学問による外はない。常に学問を進めて時代に後れぬ人であったならば、私はいつまでも精神に老衰ということは無かろうと思う。このゆえに私は単に肉塊の存在たるは人として甚だ嫌うので、身体の世に在る限りは、どうぞ精神をも存在せしめたいと思うのである。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟青年時代は血気時代であるから、その血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、あくまでこれを発揮して、とかく保守に流れ、因循に陥りやすい老人をして、危険を感ぜしむるくらいに活動してもらいたいのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・人生は努力にあり予は本年(大正二年)もはや七十四歳の老人である。それゆえ数年来なるべく雑務を避ける方針を取っているが、ただし全然閑散の身となることが出来ず、まだ自分の立てた銀行だけは依然、その世話をしているという次第で、老いてもやはり活動しているのである。すべて人は老年となく青年となく、勉強の心を失ってしまえば、その人は到底進歩発達するものではない。同時にそれらの不勉強なる国民によって営まるる国家は、到底繁栄発達するものではない。予は平生自ら勉強家のつもりでいるが、実際一日といえども職務を怠るということをせぬ。毎朝七時少し前に起床して、来訪者に面会するように努めている。いかに多数でも時間の許す限り、たいていは面会することにしている。予のごとき七十歳以上の老境に入っても、なおかつかくのごとく怠ることをせぬのであるから、若い人々は大いに勉強してもらわねばならぬ。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法試みに一人の学生が三十歳まで学問のために時を費やすならば、少なくも七十くらいまでは働かねばならぬ。もし五十や五十五で老衰するとすれば、わずかに二十年か二十五年しか働く時はない。ただし非凡なる人は、百年の仕事を十年の間にするかも知れぬが、多数の人に望むには、そういう例外をもってする訳にはいかない。いわんや社会の事物がますます複雑して来る場合においてをや。ただし各種の学芸技術が追々進化して来るから、幸いに博士方の新発明で、年取っても一向に衰弱せぬとか、あるいは若い間にも満足なる智恵を持つというような、馬車より自動車、自動車より飛行機で世界を狭くするように、人間の活動を今日よりも大いに強めて、生まれ児が直ちに用立つ人となって、そうして死ぬまで活動するという工夫が付けば、これは何よりである。どうぞ田中館先生などにその御発明を願いたいものである。
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『論語と算盤』立志と学問・大正維新の覚悟次第に壮年に進むにつれて有為なる人物となり、個人としてもはた国家の一柱石としても信頼し得る人物となるのである。他日国家を双肩に荷うて立つべき青年においては、この際大いに覚悟をなして、将来は日に月に激甚となるべき競争場裏に飛び込まねばならず、今日の状態で経過すれば、国家の前途に対し、大いに憂うべき結果を生ぜぬとも限らぬのであることを思い、後来悔ゆるがごとき愚をせぬように望むのである。明治維新の頃、万事創造の時代とも言うべき不秩序を極めた時よりは、今日の状態は著しく発達してその面影を一変し、社会百般の秩序も整備し、学問も普及して、事をなすに便宜も多いのであるから、周到なる細心と大胆なる行動とをもって活力を発揮したならば、大事業を経営するに極めて愉快を感ずるであろう。ただかかる秩序立ち、一般に教育が普及した時代ゆえ、普通より少しぐらい進歩し、わずかに卓越した意気込みをもって事に当たっては、とても大勢を動かすことは出来ない。多少教育の弊害も生じやすい事情もあるのであるから、大勇猛心を発揮して活気を縦横にあふれしめ、区々たる情弊を打破して、向上の道を猛進せねばならぬ。
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『論語と算盤』立志と学問・勇猛心の養成法要するに、我が国今日の状態は、姑息なる考えをもって、従来の事業を謹直に継承して足れりとすべき時代ではない。まだ創設の時代であって、先進国の発展に企及し、さらに凌駕せねばならぬのであるから、一般に一大覚悟をもって、万難を排し勇往猛進すべき時である。それには不断心身の健全なる発達を促し、潑溂たる活動をなし得る活力を旺盛ならしむる心掛けを忘れてはならぬ。青年に対してことにこの点を望んでやまぬ次第である。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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