論語と算盤 / 立志と学問・精神老衰の予防法
併し此の抽象的の評言は、一概に斥くべきものでは無からうと思ふので、如何にも親切のお言葉は私だけに承つた、と斯う答へて置いた、此他にも尚ほ談話の廉々はあつたが、最終に其の滞在中の優遇を謝して、此の半年の間真率に自分の思ふことを述べて、各学校で学生若くは其他の人々に、親切にせられたことを深く喜ぶと言つて居られた。
書き下し
しかしこの抽象的の評言は、一概に斥くべきものではなかろうと思うので、いかにも親切のお言葉は私だけに承った、とこう答えて置いた。この他にもなお談話の廉々はあったが、最終にその滞在中の優遇を謝して、この半年の間真率に自分の思うことを述べて、各学校で学生もしくはその他の人々に、親切にせられたことを深く喜ぶと言っておられた。
現代語訳
しかし、この抽象的な評言は一概に退けるべきものではないだろうと思ったので、まことにご親切なお言葉は、私一人がたしかに承りました、とこのように答えておいた。このほかにもまだ話の項目はいくつかあったが、最後に、滞在中の厚遇に謝意を述べ、この半年の間、率直に自分の思うことを述べて、各学校で学生やその他の人々から親切にされたことを深く喜んでいる、と言っておられた。
解説
メービーの国体論への進言に対し、渋沢は当否を論じることは控えつつも、一概に退けるべきではないとして、親切な言葉は私が承ったと答えた。この応答には、渋沢の外国人との付き合い方がよく表れている。耳の痛い忠告、しかも国家の根幹に触れる微妙な進言であっても、感情的に反発せず、相手の誠意を受け止める。そのうえで、自分の立場で判断できないことには軽々に踏み込まない。渋沢は生涯を通じて日米関係の改善に尽力し、民間外交の担い手として何度も渡米した。メービーが最後に、半年の滞在中に率直に思うことを述べ、学生たちから親切にされたことを深く喜んだと述べたのは、そうした対話が成り立っていた証しでもある。異なる意見を持つ相手との関係を保つには、同意と受容を分けて考えることが要る。
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法アメリカの学者の一人が、日本をかく観察したからと言うて、それが大いに我が国を益するものでもなかろうけれども、前にも申すごとく、公平なる外国人の批評に鑑みてよくこれに注意し、いわゆる大国民たる襟度を進めて行かねばならぬ。そういう批評によりてだんだんに反省し、ついに真正なる大国民となる。それと反対に困った人民だ、かかる不都合がある、という批評が重なれば、人が交際せぬ、相手にならぬということになるかも知れぬ。されば一人の評語がどうでもよいと言うてはおられぬ。あたかも『君子の道は妄語せざるより始まる』と司馬温公が誡められたごとくに、かりそめにも無意識に妄語を発するようになったならば、君子として人に尊敬されるようにならぬ。して見ると一回の行為が一生の毀誉をなすと同じように、一人の感想が一国の名声に関すると考える。メービー氏がさように感じて帰国したということは、些細なことであるけれども、やはり小事と見ぬ方がよかろうと思うのである。
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『論語と算盤』人格と修養・商業に国境なしその歳の秋、アメリカから太平洋沿岸の商業会議所の議員が、多数日本へ来遊することになった。それは我が東京商業会議所及び各地の商業会議所が同じ位置なるをもって、太平洋沿岸の商業会議所の諸君に、団体を組んで日本に旅行してくれということを勧誘したによるものであるが、一は日米両国間の国交親善に努むるため、すべての誤解を除却したいという意味をもって成り立ったものである。その時に日本に来遊せられたのは、桑港においてはエフ・ダブリュー・ドールマン、シアトルではジェー・デイ・ローマン、あるいはポートランドのオー・エム・クラーク等の人々で、私は種々の会合においてこれらの諸君に会談して、日米の関係について従来の沿革を詳述し、諸君の力で誤解を解くようにしていただきたいと希望し。
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