論語と算盤 / 立志と学問・精神老衰の予防法
悪く申すと甚だ下品で且つ執拗である、何でもない事柄までも極く口穢く言ひ募るやうに見える、是は自分の見た時節の悪かつた為に、政治界に於て、殊にさういふ現象が見えたのでありませう、――而して彼は之を解釈して、日本は封建制度が長く継続して、小さい藩々まで相反目して、右が強くなれば左から打ち倒さうとする、左が盛になれば右が攻撃する、之が終に習慣性となつたであらうと、彼はさうまでは言ひませぬけれども、元亀天正以来の有様が遂に三百諸侯となつたのだから、相凌ぎ相悪むといふ弊が兎角に残つて居つて、温和の性質が乏しいのではないが、之が段々長じて行くと、勢ひ党派の軋轢が激しくなりはしないかといふ意味であつた、――私も、此の封建制度の余弊といふことは或は然らんと思ふ、既に近い例が、水戸などが大人物の出た藩でありながら、却つて其の為に軋轢を生じて衰微した、若し藤田東湖、戸田銀次郎の如き、或は会沢恒蔵の如き、又其の藩主に烈公の如き偉人が無かつたならば、斯ばかり争もなく衰微もせなんだであらう、と論ぜねばならぬから、私はメービー氏の説に大に耳を傾けたのである。
書き下し
悪く申すと甚だ下品でかつ執拗である。何でもない事柄までもごく口汚く言い募るように見える。これは自分の見た時節の悪かったために、政治界において、殊にそういう現象が見えたのでありましょう。――そして彼はこれを解釈して、日本は封建制度が長く継続して、小さい藩々まで相反目して、右が強くなれば左から打ち倒そうとする、左が盛んになれば右が攻撃する、これがついに習慣性となったであろうと、彼はそうまでは言いませぬけれども、元亀天正以来の有様がついに三百諸侯となったのだから、相凌ぎ相悪むという弊がとかくに残っておって、温和の性質が乏しいのではないが、これがだんだん長じて行くと、勢い党派の軋轢が激しくなりはしないかという意味であった。――私も、この封建制度の余弊ということはあるいは然らんと思う。既に近い例が、水戸などが大人物の出た藩でありながら、かえってそのために軋轢を生じて衰微した。もし藤田東湖、戸田銀次郎のごとき、あるいは会沢恒蔵のごとき、またその藩主に烈公のごとき偉人が無かったならば、かくばかり争いもなく衰微もせなんだであろう、と論ぜねばならぬから、私はメービー氏の説に大いに耳を傾けたのである。
現代語訳
悪く言えば、たいへん下品でしかも執拗である。何でもない事柄までも、ひどく口汚く言い募るように見える。これは自分が見た時期が悪かったために、政界でとくにそういう現象が見えたのでしょう――。そして彼はこれを解釈して、日本は封建制度が長く続き、小さな藩どうしまで互いに反目して、右が強くなれば左から打ち倒そうとし、左が盛んになれば右が攻撃する、これがついに習慣となったのであろうと――彼はそこまでは言わなかったけれども――元亀・天正以来の有様が、ついに三百諸侯となったのだから、互いにしのぎを削り互いに憎み合うという弊がとかく残っていて、温和な性質が乏しいわけではないが、これがだんだん強まっていくと、勢い党派の軋轢が激しくなりはしないか、という意味であった。私も、この封建制度の名残の弊害ということは、あるいはそうであろうと思う。すでに近い例として、水戸藩などは大人物が出た藩でありながら、かえってそのために軋轢を生じて衰えた。もし藤田東湖や戸田銀次郎、あるいは会沢恒蔵(正志斎)のような人物、またその藩主に烈公(徳川斉昭)のような偉人がいなかったならば、これほど争うこともなく、衰えることもなかったであろう、と論じなければならないから、私はメービー氏の説に大いに耳を傾けたのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法それらは善い方を賞讃し上げるけれども、ただ善いことのみを申して、悪い批評を言わねば、あるいは諛言を呈する嫌いがあるから、ごく腹蔵のないところを無遠慮に申すとて、私の接触したのが、官辺とか会社とかまたは学校などであったから、余計にそういう事が眼に着いたのかも知れぬけれども、とかく形式を重んずるという弊があって、事実よりは形式に重きを置くということが強く見える。アメリカは最も形式を構わぬ流儀であるから、その眼から特に際立って見えるのかも知れぬけれども、少しく形式に拘泥する弊害が強くなっておりはせぬか。一体の国民性がそれであるとすれば、これはよほど御注意せねばならぬことと思う。またどこの国でも、同じ説が一般に伝わるという訳にはいかぬ。一人が右といえば一人は左という。進歩党があれば保守党がある。政党でも時として相反目する者が生ずるけれども、それがヨーロッパあるいはアメリカであれば、よほど淡泊でかつ高尚だ。しかるに日本のは淡泊でもなければ高尚でもない。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法それからまた我が国民性の感情の強いということについても、あまり讃辞を呈さなかった。日本人は細事にもたちまちに激する。そしてまた直ちに忘れる。つまり感情が急激であって、反対にまた健忘性である。これは一等国だ大国民だと自慢なさる人柄としては、すこぶる不適当である。もう少し堪忍の心を持つように修養せねばいけますまい、という意味であった。さらに畏れ多いことであるけれども、国体論にまで立ち入って、彼はその忠言を進めて、実に日本は聞きしに勝ったる忠君の心の深きことは、アメリカ人などにはとても夢想も出来ない、実に羨ましいことと敬服する、かかる国は決して他に看ることは出来ぬであろう、かねてそう思ってはいたが、実地を目撃して真に感佩に堪えぬ。さりながら私として無遠慮に言わしむるならば、この有様を永久に持続するには、将来君権をしてなるべく民政に接触せしめぬようにするのが肝要ではあるまいかと言われた。これらは我々がその当否を言うべきことではない。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法アメリカの学者の一人が、日本をかく観察したからと言うて、それが大いに我が国を益するものでもなかろうけれども、前にも申すごとく、公平なる外国人の批評に鑑みてよくこれに注意し、いわゆる大国民たる襟度を進めて行かねばならぬ。そういう批評によりてだんだんに反省し、ついに真正なる大国民となる。それと反対に困った人民だ、かかる不都合がある、という批評が重なれば、人が交際せぬ、相手にならぬということになるかも知れぬ。されば一人の評語がどうでもよいと言うてはおられぬ。あたかも『君子の道は妄語せざるより始まる』と司馬温公が誡められたごとくに、かりそめにも無意識に妄語を発するようになったならば、君子として人に尊敬されるようにならぬ。して見ると一回の行為が一生の毀誉をなすと同じように、一人の感想が一国の名声に関すると考える。メービー氏がさように感じて帰国したということは、些細なことであるけれども、やはり小事と見ぬ方がよかろうと思うのである。
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『論語と算盤』立志と学問・現在に働け私などは海外に交通するには、どうしても科学的智識が必要であるということを、声を嗄らして叫んだが、幸いにも追々その機運が起こって、明治十七八年にはこうした傾向が盛んになって、間もなく才学ともに備わった人が輩出するに至ったのである。それから以後今日までわずか三四十年の短い年月に、日本も外国には劣らないくらい物質的文明が進歩したが、その間にまた大なる弊害を生じたのである。徳川三百年間を太平ならしめた武断政治も、弊害を他に及ぼしたことは明らかであるが、またこの時代に教育された武士の中には、高尚遠大な性行の人も少なくはなかったのであるが、今日の人にはそれがない。富は積み重なっても、哀しいかな武士道とか、あるいは仁義道徳というものが、地を払っているといってよいと思う。すなわち精神教育がまったく衰えて来ると思うのである。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法かつて交換教授として米国より来朝せられたメービー博士が、任満ちて帰国せらるるに際し、赤誠を傾けて私に語られた種々なる談話の中に、下のごとき評語がある。すなわちメービー氏の言うには、私は初めて貴国に来たのであるから、すべてのものが珍しく感じた。いかにも新進の国と見受け得る所は、上級の人も下層の人も、すべて勉強しているということは、著しく眼に着く。怠けている者が甚だ少ない。そしてその勉強が、さも希望を持ちつつ愉快に勉強するように見受けられる。希望を持つというは、どこまでも到達せしむるという敢為の気象がことごとく備わっている。ほとんどすべての人が喜びをもって、彼岸に達するという念慮を持っておられるように見受けるのは、さらに進むべき資質を持った国民と申し上げてよかろうと思う。
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『論語と算盤』立志と学問・精神老衰の予防法しかしこの抽象的の評言は、一概に斥くべきものではなかろうと思うので、いかにも親切のお言葉は私だけに承った、とこう答えて置いた。この他にもなお談話の廉々はあったが、最終にその滞在中の優遇を謝して、この半年の間真率に自分の思うことを述べて、各学校で学生もしくはその他の人々に、親切にせられたことを深く喜ぶと言っておられた。
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