論語と算盤 / 処世と信条・得意時代と失意時代
人の不親切とか我儘とかいふことも、小が積んで次第に大となるもので、積り積れば政治家は政治界に悪影響を及ぼし、実業家は実業上に不成績を来し、教育家はその子弟を誤るやうになる、されば小事必ずしも小でない、世の中に大事とか小事とかいふものはない道理、大事小事の別を立て〻兎や角といふのは、畢竟君子の道であるまいと余は判断するのである、故に大事たると小事たるとの別なく、凡そ事に当つては同一の態度、同一の思慮を以て之を処理するやうにしたいものである。之に添へて一言して置きたいことは、人の調子に乗るは宜くないといふことである、
書き下し
人の不親切とかわがままとかいうことも、小が積んで次第に大となるもので、積り積もれば政治家は政治界に悪影響を及ぼし、実業家は実業上に不成績を来し、教育家はその子弟を誤るようになる。されば小事必ずしも小でない。世の中に大事とか小事とかいうものはない道理、大事小事の別を立ててとやかくいうのは、畢竟君子の道であるまいと余は判断するのである。ゆえに大事たると小事たるとの別なく、およそ事に当たっては同一の態度、同一の思慮をもってこれを処理するようにしたいものである。これに添えて一言して置きたいことは、人の調子に乗るはよくないということである。
現代語訳
人の不親切やわがままということも、小さなことが積もって次第に大きくなるもので、積もり積もれば、政治家は政界に悪影響を及ぼし、実業家は実業のうえで成績を落とし、教育者はその弟子たちを誤らせるようになる。だから小事は必ずしも小さくはない。世の中に大事とか小事とかいうものはないのが道理であり、大事と小事の区別を立ててとやかく言うのは、つまるところ君子の道ではあるまいと私は判断する。だから、大事であれ小事であれ区別なく、およそ事に当たっては、同じ態度、同じ思慮をもって処理するようにしたいものである。これに添えて一言しておきたいことは、人が調子に乗るのはよくない、ということである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』処世と信条・得意時代と失意時代小事の方になると、悪くすると熟慮せずに決定してしまうことがある。それが甚だよろしくない。小事というくらいであるから、目前に現れたところだけでは極めて些細なことに見えるので、誰もこれを馬鹿にして念を入れることを忘れるものであるが、この馬鹿にして掛かる小事も、積んでは大事となることを忘れてはならぬ。また小事にもその場限りで済むものもあるが、時としては小事が大事の端緒となり、一些事と思ったことが後日大問題を惹起するに至ることがある。あるいは些細なことから次第に悪事に進みて、ついには悪人となるようなこともある。それと反対に小事から進んで次第に善に向かいつつ行くこともある。始めは些細な事業であると思ったことが、一歩一歩に進んで大弊害を醸すに至ることもあれば、これがため一身一家の幸福となるに至ることもある。これらはすべて小が積んで大となるのである。
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『論語と算盤』処世と信条・得意時代と失意時代ただし箸の上げ下ろしにも心を労するほど小事に拘泥するは、限りある精神を徒労するというもので、何もそれほど心を用うる必要の無いこともある。また大事だからとて、さまで心配せずとも済まされることもある。ゆえに事の大小というたとて、表面から観察して直ちに決する訳にはゆかぬ。小事かえって大事となり、大事案外小事となる場合もあるから、大小に拘わらず、その性質をよく考慮して、しかる後に相当の処置に出るように心掛くるのがよいのである。
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『論語と算盤』処世と信条・得意時代と失意時代およそ人の禍は多くは得意時代に萌すもので、得意の時は誰しも調子に乗るという傾向があるから、禍害はこの欠陥に喰い入るのである。されば人の世に処するにはこの点に注意し、得意時代だからとて気を緩さず、失意の時だからとて落胆せず、常操をもって道理を踏み通すように心掛けて出ることが肝要である。それとともに考えねばならぬことは大事と小事とについてである。失意時代なら小事もなおよく心するものであるが、多くの人の得意時代における思慮は全くそれと反し、『なにこれしきのこと』と言ったように、小事に対しては殊に軽侮的の態度を取りがちである。しかしながら得意時代と失意時代とに拘わらず、常に大事と小事とについての心掛けを緻密にせぬと、思わざる過失に陥り易いことを忘れてはならぬ。誰でも目前に大事を控えた場合には、これをいかにして処置すべきかと、精神を注いで周密に思案するけれども、小事に対するとこれに反し、頭から馬鹿にして不注意の中にこれをやり過ごしてしまうのが世間の常態である。
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『論語と算盤』立志と学問・自ら箸を取れその与えられた仕事に不平を鳴らして、いってしまう人はもちろん駄目だが、つまらぬ仕事だと軽蔑して、力を入れぬ人もまた駄目だ。およそどんな些細な仕事でも、それは大きな仕事の一小部分で、これが満足に出来なければ、ついに結末がつかぬ事になる。時計の小さい針や、小さい輪が怠けて働かなかったら、大きな針が止まらなければならぬように、何百万円の銀行でも、厘銭の計算が違うと、その日の帳尻がつかぬものだ。若いうちには気が大きくて、小さい事を見ると、何のこれしきなと軽蔑する癖があるが、それがその時限りで済むものならまだしも、後日の大問題を惹起することが無いとも限られぬ。よし後日の大問題にならぬまでも、小事を粗末にするような粗大な人では、所詮大事を成功させることは出来ない。水戸の光圀公が壁書の中に「小なることは分別せよ、大なることは驚くべからず」と認めておかれたが、ひとり商業といわず軍略といわず、何事にもこの考えでなくてはならぬ。
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『論語と算盤』処世と信条・得意時代と失意時代「名を成すは常に窮苦の日にあり、事を敗るは多く得意の時に因す」と古人も言っているが、この言葉は真理である。困難に処する時はちょうど大事に当たったと同一の覚悟をもってこれに臨むから、名を成すはそういう場合に多い。世に成功者と目せられる人には、必ず「あの困難をよくやり遂げた」「あの苦痛をよくやり抜いた」というようなことがある。これすなわち心を締めて掛かったという証拠である。しかるに失敗は多く得意の日にその兆しをなしている。人は得意時代に処しては、あたかもかの小事の前に臨んだ時のごとく、天下何事か成らざらんやの気概をもって、いかなることをも頭から呑んで掛かるので、ややもすれば目算が外れてとんでもない失敗に落ちてしまう。それは小事から大事を醸すと同一義である。だから人は得意時代にも調子に乗るということ無く、大事小事に対して同一の思慮分別をもってこれに臨むがよい。
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『論語と算盤』人格と修養・平生の心掛が大切そして得た所の教訓を約言すれば、大略次のごときものがある。すなわち一些事の微に至るまでもこれを閑却するはよろしくない。自己の意志に反することなら事の細大を問うまでもなく、断然これを跳ね付けてしまわねばいけない。最初は些細の事と侮ってやった事が、ついにはそれが原因となって総崩れとなるような結果を生み出すものであるから、何事に対してもよく考えてやらねばならぬ。
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