論語と算盤 / 処世と信条・得意時代と失意時代
『名を成すは常に窮苦の日にあり、事を敗るは多く得意の時に因す』と古人も云つて居るがこの言葉は真理である、困難に処する時は丁度大事に当つたと同一の覚悟を以て之に臨むから、名を成すはさういふ場合に多い、世に成功者と目せらる〻人には、必ず『あの困難をよく遣り遂げた』、『あの苦痛をよく遣り抜いた』といふやうなことがある、これ即ち心を締めて掛つたといふ証拠である、然るに失敗は多く得意の日に其の兆をなして居る、人は得意時代に処しては恰も彼の小事の前に臨んだ時の如く、天下何事か成らざらんやの槩を以て、如何なることをも頭から呑んで掛るので、動もすれば目算が外れて飛んでもなき失敗に落ちて了ふ、それは小事から大事を醸すと同一義である、だから人は得意時代にも調子に乗るといふこと無く、大事小事に対して同一の思慮分別を以て之に臨むが可い
書き下し
「名を成すは常に窮苦の日にあり、事を敗るは多く得意の時に因す」と古人も言っているが、この言葉は真理である。困難に処する時はちょうど大事に当たったと同一の覚悟をもってこれに臨むから、名を成すはそういう場合に多い。世に成功者と目せられる人には、必ず「あの困難をよくやり遂げた」「あの苦痛をよくやり抜いた」というようなことがある。これすなわち心を締めて掛かったという証拠である。しかるに失敗は多く得意の日にその兆しをなしている。人は得意時代に処しては、あたかもかの小事の前に臨んだ時のごとく、天下何事か成らざらんやの気概をもって、いかなることをも頭から呑んで掛かるので、ややもすれば目算が外れてとんでもない失敗に落ちてしまう。それは小事から大事を醸すと同一義である。だから人は得意時代にも調子に乗るということ無く、大事小事に対して同一の思慮分別をもってこれに臨むがよい。
現代語訳
「名を成すのはいつも苦しみの日にあり、事を仕損じるのは多く得意の時に始まる」と古人も言うが、この言葉は真理である。困難に直面したときは、大事に当たったのと同じ覚悟で臨むから、名を成すのはそういう場面に多い。世に成功者と見られる人には必ず、あの困難をやり遂げた、あの苦痛をやり抜いた、という一段がある。それは心を締めてかかった証拠である。ところが失敗は、多くは得意の日にその兆しが出ている。得意のときの人は、ちょうど小事を前にしたときのように、天下に成らぬことなしという勢いで何でも頭から呑んでかかる。だから目算が外れて、とんでもない失敗に落ちてしまう。小事から大事を醸すのと同じ理屈である。だから得意のときも調子に乗らず、大事にも小事にも同じ思慮分別で臨むのがよい。