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論語と算盤 / 処世と信条・人は平等なるべし

材能の適不適を察し、適材を適所に置くといふことは、多少なりとも人を使ふ者の、常に口に是を言ふ所であつて、而して又常に心に是を難ずる所である。更に又惟ふに、適材を適所に置くといふことの蔭には、往々にして権謀の加味されて居る場合がある、自己の権勢を張らうとするには、何よりも適材を適所に配備し、一歩は一歩より、一段は一段より、漸次に自己の勢力を扶植し、漸次に自己の立脚地を蹈固めて行かなければならぬ、斯様に工夫するものは、遂に能く一派の権勢を築き上げて、政治界に処しても、事業界に処しても、乃至何等の社会に処しても、儼然として覇者の威を振ふことが出来るのである、併し左様な行き方は、断じて私の学ぶ所では無い。

書き下し

材能の適不適を察し、適材を適所に置くということは、多少なりとも人を使う者の、常に口にこれを言うところであって、そしてまた常に心にこれを難ずるところである。さらにまた思うに、適材を適所に置くということの蔭には、往々にして権謀の加味されている場合がある。自己の権勢を張ろうとするには、何よりも適材を適所に配備し、一歩は一歩より、一段は一段より、漸次に自己の勢力を扶植し、漸次に自己の立脚地を踏み固めて行かなければならぬ。かように工夫するものは、ついによく一派の権勢を築き上げて、政治界に処しても、事業界に処しても、ないし何らの社会に処しても、儼然として覇者の威を振るうことが出来るのである。しかしさような行き方は、断じて私の学ぶところではない。

現代語訳

才能の向き不向きを見きわめ、適材を適所に置くということは、多少なりとも人を使う者が常に口にすることであり、しかもまた常に心の中で難しいと感じていることである。さらにまた思うに、適材を適所に置くということの陰には、しばしば権謀が加味されている場合がある。自分の権勢を張ろうとするには、何よりも適材を適所に配置し、一歩また一歩、一段また一段と、次第に自分の勢力を植えつけ、次第に自分の足場を踏み固めていかなければならない。そのように工夫する者は、ついに一派の権勢を築き上げて、政治界にあっても、事業界にあっても、あるいはどんな社会にあっても、堂々と覇者の威を振るうことができるのである。しかし、そのようなやり方は、断じて私の学ぶところではない。

解説

人は平等なるべし、の章の書き出しである。適材適所は人を使う者なら誰もが口にし、誰もが難しいと感じる。渋沢はここで一歩踏み込み、適材適所の陰にはしばしば権謀が混じると指摘する。人を要所に配し、少しずつ自分の勢力を植えつけ、足場を固めていけば、政界でも事業界でも一派の覇者になれる。適材適所は、組織を生かす技術であると同時に、私的な権勢を築く技術でもありうるのである。渋沢は、そのような行き方は断じて学ばないと言い切る。五百余りの会社に関わりながら、渋沢は三井や三菱のような一族の財閥を作らなかった。その理由の一端が、この段の姿勢に表れている。人事の手腕が優れているかどうかより、その手腕を何のために使っているかが問われる。配置の巧みさは、それ自体では善でも悪でもない。

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