講孟余話 / 盡心上 第四十章
又德アリテ材ナキ者アリ、材アリテ德ナキ者アリ、材ナキ德ナキト云者ハ、某材某德ト指シ云ヘキナキヲ云、愚鈍無材狂悖失德ノ人ヲ云ハズ、君側諸官並ニ目付役等ハ必シモ材ヲ要セス、只德ヲ選フヘシ、治民ノ職ハ治民ノ材アリ、理財ノ職ハ理財ノ材アリ、軍務ノ職ハ軍務ノ材アリ、公儀人ハ幕府列藩ノ制度格例事体事情ニ通スル人ナルヘシ、物頭ハ弓銃ノ技、坐作ノ節、陣営ノ法、戰鬪ノ機ヲ悟ル人ナルヘシ、所謂賢者在位、能者在職ト云モ此事ニテ、賢者ハ即チ有德ノ人ナリ、能者ハ即チ有材ノ人也、而シテ德材ヲ兼テ教ル者ハ君子也、賢能ヲ合セ用ル者ハ君相ナリ、君子ヲ以テ是ヲ德ル時ハ、德ハ実德トナリテ、迂濶事情ニ通セサルノ愚物ヲ指シテ德トスルニ至ラス、材ハ実材トナリテ、譎詐姦慝ノ惡漢ヲ目シテ材トスルニ至ラス、譬ヘハ明君良相ノ所謂賢ハ無能ノ異名ニ非ス、所謂能ハ不賢ノ僞作ニ非サルカ如シ、
新字:又徳アリテ材ナキ者アリ、材アリテ徳ナキ者アリ、材ナキ徳ナキト云者ハ、某材某徳ト指シ云ヘキナキヲ云、愚鈍無材狂悖失徳ノ人ヲ云ハズ、君側諸官並ニ目付役等ハ必シモ材ヲ要セス、只徳ヲ選フヘシ、治民ノ職ハ治民ノ材アリ、理財ノ職ハ理財ノ材アリ、軍務ノ職ハ軍務ノ材アリ、公儀人ハ幕府列藩ノ制度格例事体事情ニ通スル人ナルヘシ、物頭ハ弓銃ノ技、坐作ノ節、陣営ノ法、戦闘ノ機ヲ悟ル人ナルヘシ、所謂賢者在位、能者在職ト云モ此事ニテ、賢者ハ即チ有徳ノ人ナリ、能者ハ即チ有材ノ人也、而シテ徳材ヲ兼テ教ル者ハ君子也、賢能ヲ合セ用ル者ハ君相ナリ、君子ヲ以テ是ヲ徳ル時ハ、徳ハ実徳トナリテ、迂濶事情ニ通セサルノ愚物ヲ指シテ徳トスルニ至ラス、材ハ実材トナリテ、譎詐姦慝ノ悪漢ヲ目シテ材トスルニ至ラス、譬ヘハ明君良相ノ所謂賢ハ無能ノ異名ニ非ス、所謂能ハ不賢ノ偽作ニ非サルカ如シ、
書き下し
又徳ありて材なき者あり、材ありて徳なき者あり。材なき、徳なきと云ふ者は、某材某徳と指し云ふべきなきを云ふ。愚鈍無材、狂悖失徳の人を云はず。君側諸官並びに目付役等は必ずしも材を要せず、只徳を選ぶべし。治民の職は治民の材あり、理財の職は理財の材あり、軍務の職は軍務の材あり。公儀人は幕府列藩の制度・格例・事体・事情に通ずる人なるべし。物頭は弓銃の技、坐作の節、陣営の法、戦闘の機を悟る人なるべし。所謂「賢者位に在り、能者職に在り」と云ふも此の事にて、賢者は即ち有徳の人なり、能者は即ち有材の人なり。而して徳材を兼ねて教ふる者は君子なり、賢能を合せ用ゐる者は君相なり。君子を以て是れを教ふる時は、徳は実徳となりて、迂闊事情に通ぜざるの愚物を指して徳とするに至らず。材は実材となりて、譎詐姦慝の悪漢を目して材とするに至らず。譬へば明君良相の所謂賢は無能の異名に非ず、所謂能は不賢の偽作に非ざるが如し。
現代語訳
また、徳はあるが才能のない者もあり、才能はあるが徳のない者もある。ここで「才能がない」「徳がない」というのは、これという才能、これという徳を指して言えるものがないことを言う。愚かで何の才もない人、狂って道に背き徳を失った人のことを言うのではない。主君の側近の役人や目付役などは、必ずしも才能を要しない。ただ徳で選ぶべきだ。民を治める職には民を治める才能が、財政の職には財政の才能が、軍務の職には軍務の才能がある。公儀人(藩の外交役)は、幕府や諸藩の制度・先例・事柄の筋道・事情に通じた人でなければならない。物頭は、弓や鉄砲の技、立ち居の作法、陣営の法、戦いの機を心得た人でなければならない。いわゆる「賢者が位にあり、能者が職にある」というのもこのことで、賢者とは徳のある人、能者とは才能のある人である。そして徳と才能を兼ねて教える者が君子であり、賢者と能者を合わせて用いる者が君主と宰相である。君子が教えるなら、徳は本物の徳となり、まわりくどく世の中の事情に通じない愚か者を徳ある人とすることはない。才能は本物の才能となり、偽りと悪だくみに長けた悪人を才ある人と見なすことはない。たとえば、名君や良い宰相の言う「賢」が無能の別名ではなく、「能」が賢くない者の偽物ではないのと同じである。
解説
この章句が説くこと
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