六祖壇経 / 懺悔品第六
『吾有一無相頌,若能誦持,言下令汝積劫迷罪,一時消滅。頌曰:「迷人修福不修道,只言修福便是道。 佈施供養福無邊,心中三惡元來造; 擬將修福欲滅罪,後世得福罪還在。 但向心中除罪緣,各自性中真懺悔; 忽悟大乘真懺悔,除邪行正即無罪。 學道常於自性觀,即與諸佛同一類。 吾祖唯傳此頓法,普願見性同一體; 若欲當來覓法身,離諸法相心中洗。 努力自見莫悠悠,後念忽絕一世休; 若悟大乘得見性。虔恭合掌至心求。」』師言:『善知識!總須誦取,依此修行,言下見性,雖去吾千里,如常在吾邊;於此言下不悟,即對面千里,何勤遠來?珍重,好去!』一眾聞法,靡不開悟,歡喜奉行。
新字:『吾有一無相頌,若能誦持,言下令汝積劫迷罪,一時消滅。頌曰:「迷人修福不修道,只言修福便是道。 佈施供養福無辺,心中三悪元来造; 擬将修福欲滅罪,後世得福罪還在。 但向心中除罪縁,各自性中真懺悔; 忽悟大乗真懺悔,除邪行正即無罪。 学道常於自性観,即与諸仏同一類。 吾祖唯伝此頓法,普願見性同一体; 若欲当来覓法身,離諸法相心中洗。 努力自見莫悠悠,後念忽絶一世休; 若悟大乗得見性。虔恭合掌至心求。」』師言:『善知識!総須誦取,依此修行,言下見性,雖去吾千里,如常在吾辺;於此言下不悟,即対面千里,何勤遠来?珍重,好去!』一衆聞法,靡不開悟,歓喜奉行。
書き下し
「吾に一の無相頌有り、若し能く誦持せば、言下に汝が積劫の迷罪をして、一時に消滅せしめん。頌に曰く、『迷人は福を修して道を修せず、只だ福を修するを便ち是れ道と言ふ。布施供養は福辺無けれども、心中の三悪は元来造る。福を修して罪を滅せんと擬将すれども、後世に福を得て罪還つて在り。但だ心中に向ひて罪縁を除け、各自性の中の真の懺悔なり。忽ち大乗の真の懺悔を悟らば、邪を除き正を行じて即ち罪無し。道を学ぶには常に自性に於て観ぜよ、即ち諸仏と同一類なり。吾が祖は唯だ此の頓法を伝ふ、普く願はくは見性して同一体ならんことを。若し当来に法身を覓めんと欲せば、諸法の相を離れて心中に洗へ。努力して自ら見よ悠悠たること莫れ、後念忽ち絶えなば一世休す。若し大乗を悟らば見性することを得ん、虔恭合掌して至心に求めよ』」。師言はく、「善知識、総て須らく誦取し、此れに依りて修行すべし。言下に見性せば、吾を去ること千里なりと雖も、常に吾が辺に在るが如し。此の言下に於て悟らずんば、即ち対面すとも千里なり、何ぞ勤めて遠く来らん。珍重、好し去れ」と。一衆法を聞きて、開悟せざるは靡く、歓喜して奉行す。
現代語訳
「わたしには一つの無相頌がある。もしこれをよく誦持するなら、言葉の下に、諸君が長い劫にわたって積んできた迷いの罪を、一時に消し去らせよう。頌に言う。『迷った人は福を修めて道を修めず、ただ福を修めることがそのまま道だと言う。布施や供養の福は限りないが、心の中の三悪(貪り・怒り・愚かさ)はもとのまま造っている。福を修めて罪を滅ぼそうとしても、後の世に福を得て罪はなお残る。ただ心の中で罪の縁を除け、それが各自の本性の中の真の懺悔である。ふと大乗の真の懺悔を悟れば、邪を除き正を行ってすなわち罪は無い。道を学ぶには常に自分の本性において観よ、そうすれば諸仏と同じ仲間である。わが祖師たちはただこの頓悟の法を伝えてきた。あまねく願う、本性を見て同一体となることを。もし将来に法身を求めたいなら、諸々の法の相を離れて心の中を洗え。努めてみずから見よ、ぐずぐずしてはならない、後の念がふと絶えれば一生は終わる。もし大乗を悟れば本性を見ることができる、恭しく合掌して心を尽くして求めよ。』」師は言った。「善知識よ、皆これを誦して覚え、これによって修行せよ。言葉の下に本性を見るなら、わたしから千里離れていても、いつもわたしのそばにいるのと同じだ。この言葉の下で悟らないなら、向かい合っていても千里の隔たりがある。それなら、どうしてわざわざ遠くから来る必要があろう。ご機嫌よう、気をつけて帰りなさい。」大衆は法を聞いて、悟りを開かない者は無く、歓喜して教えを奉じ行った。
解説
関連する章句
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『六祖壇経』懺悔品第六「善知識、此の香は各自内に薫ず、外に向ひて覓むること莫れ。今汝等に無相懺悔を授け、三世の罪を滅し、三業をして清浄なることを得しめん。善知識、各我が語に随ひて、一時に道へ。『弟子等、前念・今念及び後念より、念念に愚迷に染まざらん。従前所有の悪業愚迷等の罪、悉く皆懺悔す、願はくは一時に消滅して、永く復た起らざらんことを。弟子等、前念・今念及び後念より、念念に憍誑に染まざらん。従前所有の悪業憍誑等の罪、悉く皆懺悔す、願はくは一時に消滅して、永く復た起らざらんことを。弟子等、前念・今念及び後念より、念念に嫉妬に染まざらん。従前所有の悪業嫉妬等の罪、悉く皆懺悔す、願はくは一時に消滅して、永く復た起らざらんことを』と」。
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『六祖壇経』般若品第二吾が頌を聴け、曰く、説通及び心通は、日の虚空に処するが如し。唯だ見性の法を伝へ、世に出でて邪宗を破す。法には即ち頓漸無し、迷悟に遅疾有り。只だ此の見性の門、愚人は悉くすべからず。説くことは即ち万般なりと雖も、理に合すれば還た一に帰す。煩悩の暗宅の中、常に須らく慧日を生ずべし。邪来れば煩悩至り、正来れば煩悩除く。邪正倶に用ひざれば、清浄にして無余に至る。菩提は本自性なり、心を起せば即ち是れ妄なり。浄心は妄の中に在り、但だ正しければ三障無し。世人若し道を修せば、一切尽く妨げず。常に自ら己が過を見れば、道と即ち相当る。色類自ら道有り、各相妨げ悩まさず。道を離れて別に道を覓むれば、終生道を見ず。波波として一生を度り、到頭(つまるところ)還た自ら懊む。真道を見んと欲得せば、正を行ずる即ち是れ道なり。自ら若し道心無くば、闇に行きて道を見ず。若し真に修道の人ならば、世間の過を見ず。若し他人の非を見ば、自らの非却つて是れ左(たが)ふ。他は非なるも我は非とせず、我が非は自ら過有り。但だ自ら非心を却(しりぞ)け、煩悩を打除して破れ。憎愛心に関せず、長く両脚を伸べて臥す。他人を化せんと擬欲せば、自ら須らく方便有るべし。彼をして疑ひ有らしむること勿れ、即ち是れ自性現ず。仏法は世間に在り、世間を離れずして覚る。世を離れて菩提を覓むるは、恰も兎角を求むるが如し。正見を出世と名づけ、邪見を世間と名づく。邪正尽く打却すれば、菩提の性宛然たり。此の頌は是れ頓教、亦大法船と名づく。迷ひて聞けば経ること累劫、悟れば則ち刹那の間なり。師復た曰く、「今大梵寺に於て此の頓教を説く。普く願はくは法界の衆生、言下に見性成仏せんことを」と。時に韋使君と官僚道俗、師の説く所を聞きて、省悟せざる無し。一時に礼を作し、皆善き哉と嘆ず。何ぞ期せん、嶺南に仏有りて世に出でんとは。
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『六祖壇経』懺悔品第六『善知識よ、已上は是れ無相懺悔と為す。云何が懺と名づけ、云何が悔と名づくる。懺とは、其の前衍を懺す。從前の所有の惡業・愚迷・憍誑・嫉妒等の罪、悉く皆な盡く懺し、永く復た起こさず、是れを名づけて懺と為す。悔とは、其の後過を悔ゆ。今より已後、所有の惡業・愚迷・憍誑・嫉妒等の罪、今已に覺悟し、悉く皆な永く斷ち、更に復た作さず、是れを名づけて悔と為す。故に懺悔と稱す。凡夫愚迷にして、只だ其の前衍を懺するを知り、其の後過を悔ゆるを知らず。悔いざるを以ての故に、前衍滅せず、後過又た生ず。前衍既に滅せず、後過復た又た生ぜば、何ぞ懺悔と名づけん』と。
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『六祖壇経』疑問品第三「心平らかなれば何ぞ戒を持つを勞せん。行直ければ何ぞ禪を修むるを用ゐん。 恩は則ち父母を孝養し、義は則ち上下相ひ憐れむ。 讓は則ち尊卑和睦し、忍は則ち眾惡喧しきこと無し。 若し能く木を鑽りて火を出ださば、淤泥に定めて紅蓮を生ぜん。 口に苦きは的ち是れ良藥、耳に逆らふは必ず是れ忠言。 過ちを改むれば必ず智慧を生じ、短を護れば心內に賢に非ず。 日用に常に饒益を行ぜよ、道を成すは錢を施すに由るに非ず。 菩提は只だ心に向かひて覓めよ、何ぞ外に向かひて玄を求むるを勞せん。 説を聽きて此に依りて修行せば、西方は只だ目前に在り。」 師復た曰く、『善知識よ、總て須らく偈に依りて修行し、自性を見取して、直ちに佛道を成ずべし。法は相ひ待たず。眾人且く散ぜよ。吾れ曹溪に歸らん。眾若し疑有らば、卻きて來りて相ひ問へ』と。
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『六祖壇経』懺悔品第六時に、大師、広韶洎(およ)び四方の士庶の、山中に駢集して法を聴くを見て、是に於て座に升りて衆に告げて曰く、「来れ、諸善知識。此の事は須らく自性の中より起すべし。一切の時に於て、念念に自ら其の心を浄め、自ら修し自ら行じ、自己の法身を見、自心の仏を見、自ら度し自ら戒めて、始めて此に到るを仮らざることを得ん。既に遠きより来りて、一たび此に会す、皆共に縁有り。今各各胡跪すべし。先づ為に自性の五分法身香を伝へ、次に無相懺悔を授けん」と。衆胡跪す。師曰く、
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『六祖壇経』般若品第二善知識、無念の法を悟る者は、万法尽く通ず。無念の法を悟る者は、諸仏の境界を見る。無念の法を悟る者は、仏の地位に至る。善知識、後代に吾が法を得る者、此の頓教の法門を将て、同見同行に於て、発願受持し、仏に事ふるが如くするが故に、終身退かざる者は、定んで聖位に入らん。然して須らく上より以来の、黙伝分付を伝授すべし。其の正法を匿すことを得ず。若し同見同行ならずして、別法の中に在らば、伝付することを得ず。彼の前人を損じ、究竟益無し。恐らくは愚人解せずして、此の法門を謗り、百劫千生、仏の種性を断ぜん。善知識、吾に一の無相頌有り。各須らく誦取すべし。在家も出家も、但だ此に依りて修せよ。若し自ら修せず、惟だ吾が言を記するのみならば、亦益有ること無し。
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