六祖壇経 / 行由品第一
一日思惟:「時當弘法,不可終避。」遂出至廣州法性寺;值印宗法師,講涅槃經。因二僧論風幡義,一曰風動,一曰幡動,議論不已。
新字:一日思惟:「時当弘法,不可終避。」遂出至広州法性寺;値印宗法師,講涅槃経。因二僧論風幡義,一曰風動,一曰幡動,議論不已。
書き下し
一日思惟す、「時、法を弘むるに当る。終に避くべからず」と。遂に出でて広州の法性寺に至る。印宗法師の涅槃経を講ずるに値(あ)ふ。因みに二僧、風幡の義を論ず。一は風動くと曰ひ、一は幡動くと曰ひ、議論已まず。
現代語訳
ある日、恵能は考えた。「今こそ法を広めるべき時だ。いつまでも隠れているわけにはいかない」。そこで山を出て広州(今の広東省広州)の法性寺へ行った。ちょうど印宗法師(涅槃経の講師として知られた僧)が涅槃経を講じているところに行き合った。そのとき二人の僧が、風にはためく幡(寺の旗)について論じ合っていた。一人は風が動いているのだと言い、一人は幡が動いているのだと言って、議論が止まらなかった。
解説
長い潜伏を経て、慧能がいよいよ世に出る場面である。広州の法性寺で、二人の僧が「動いているのは風か、幡か」と言い争っている。この後、慧能が「風が動くのでも幡が動くのでもない、あなたがたの心が動いているのだ」と割って入ったと伝えられ、禅の公案「非風非幡」として『無門関』にも収められた。動くものを外の対象に求めて議論が止まらない二人の姿は、見る側の心を問わずに原因を外に探し続ける私たちの姿でもある。職場の議論でも、どちらが正しいかの応酬が続くときは、そもそも自分たちは何を見ようとしているのかという問いに立ち返ると、話が前に進むことが多い。
関連する章句
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『六祖壇経』行由品第一惠能進みて曰く、「是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、仁者の心動くなり」と。一眾駭然たり。印宗延きて上席に至らしめ、奧義を征詰するに、惠能の言簡にして理當り、文字に由らざるを見る。宗云く、「行者は定めて常人に非ず。久しく黃梅の衣法南に來ると聞く。是れ行者にあらざるか」と。
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『無門関』第二十九則 非風非幡六祖、風の剎幡(せっぱん)を颺(あ)ぐるに因る。二僧有りて對論す。一は云く「幡動く」、一は云く「風動く」。往復して曾て未だ理に契(かな)はず。祖云く、「是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、仁者の心動くなり」。二僧悚然たり。
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『無門関』第二十九則 非風非幡無門曰く、是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、是れ心の動くにあらず。甚(いず)れの処にか祖師を見ん。若し者裏(しゃり)に向かって見得して親切ならば、方に知らん、二僧は鉄を買うて金を得たることを。祖師は忍俊不禁(にんしゅんふきん)、一場の漏逗(ろうとう)。頌に曰く、風、幡、心動、一状に領過す。只だ口を開くことを知って、話堕(わだ)を覚えず。
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『六祖壇経』行由品第一恵能曰く、「敢へてせず」と。宗、是に於て礼を作し、伝へ来れる衣鉢を告請して、大衆に出示せしむ。宗復た問ひて曰く、「黄梅の付嘱、如何が指授せし」と。恵能曰く、「指授は即ち無し。惟だ見性を論じ、禅定解脱を論ぜず」と。宗曰く、「何ぞ禅定解脱を論ぜざる」と。謂ひて曰く、「是れ二法為るが為に、是れ仏法ならず。仏法は是れ不二の法なり」と。宗又問ふ、「如何なるか是れ仏法不二の法」と。恵能曰く、「法師、涅槃経を講じて、仏性を明らかにする、是れ仏法不二の法なり。高貴徳王菩薩の仏に白して言ふが如し、『四重禁を犯し、五逆罪を作し、及び一闡提等は、当に善根仏性を断ずべきや否や』と。仏言はく、『善根に二有り、一には常、二には無常なり。仏性は常に非ず無常に非ず、是の故に断ぜず、名づけて不二と為す』と。一には善、二には不善なり。仏性は善に非ず不善に非ず、是れを不二と名づく。蘊と界とは、凡夫は二と見、智者は其の性の無二なるを了達す。無二の性は、即ち是れ仏性なり」と。印宗、説くを聞きて、歓喜合掌して言ふ、「某甲(それがし)の経を講ずるは、猶ほ瓦礫の如く、仁者の義を論ずるは、猶ほ真金の如し」と。是に於て恵能の為に剃髪し、願ひて事へて師と為す。恵能遂に菩提樹の下に於て、東山の法門を開く。恵能、東山に於て法を得て、辛苦受け尽し、命懸糸に似たり。今日、史君(使君)・官僚・僧尼・道俗と此の一会を同じくすることを得るは、累劫の縁に非ざること莫からんや。亦是れ過去生の中に、諸仏を供養し、同じく善根を種ゑ、方(まさ)に始めて如上の頓教、法を得るの因を聞くことを得たり。教は是れ先聖の伝ふる所にして、是れ恵能の自智にあらず。先聖の教を聞かんと願ふ者は、各浄心ならしめよ。聞き了らば、各自疑を除き、先代の聖人の如くにして別無からん」と。一衆、法を聞きて、歓喜し礼を作して退く。
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『六祖壇経』行由品第一時に大師、宝林に至る。韶州の韋刺史、名は璩、官僚と山に入り、師を請じて城中の大梵寺の講堂に出だし、衆の為に縁を開きて法を説かしむ。師、座に升る次(ついで)、刺史・官僚三十余人、儒宗の学士三十余人、僧尼道俗一千余人、同時に礼を作(な)し、法要を聞かんことを願ふ。
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『六祖壇経』行由品第一祖、本性を悟れるを知り、恵能に謂ひて曰く、「本心を識らずんば、法を学ぶも益無し。若し自らの本心を識り、自らの本性を見ば、即ち丈夫・天人師・仏と名づく」と。三更に法を受け、人尽く知らず。便ち頓教及び衣鉢を伝へて云ふ、「汝を第六代の祖と為す。善く自ら護念し、広く有情を度し、将来に流布して、断絶せしむること無かれ。吾が偈を聴け、曰く、『情有りて来りて種を下せば、地に因りて果還た生ず。情無ければ亦種無く、性無ければ亦生無し』と。祖復た曰く、「昔、達摩大師初めて此の土に来るに、人未だ之を信ぜず。故に此の衣を伝へて以て信体と為し、代代相承く。法は則ち心を以て心に伝へ、皆自ら悟り自ら解せしむ。古より、仏仏惟だ本体を伝へ、師師密かに本心を付す。衣は争ひの端為り、汝に止めて伝ふること勿れ。若し此の衣を伝へば、命懸糸の如し。汝須らく速やかに去るべし。人の汝を害せんことを恐る」と。恵能啓して曰く、「甚(いづ)れの処に向ひて去らん」と。祖云ふ、「懐に逢はば則ち止まり、会に遇はば則ち蔵(かく)れよ」と。三更に衣鉢を領得す。五祖送りて九江の駅に至り、祖、船に上らしむ。恵能随即ち櫓を把る。祖云ふ、「合(まさ)に是れ吾汝を渡すべし」と。恵能云ふ、「迷ふ時は師度し、悟り了れば自ら度す。度の名は一なりと雖も、用処同じからず。恵能は辺方に生まれ、語音正しからざるに、師の法を付するを蒙る。今已に悟ることを得たり。只だ合に自性にて自ら度すべし」と。祖云ふ、「是の如し、是の如し。以後の仏法は、汝に由りて大いに行はれん。汝今好く去れ。努力して南に向へ。速やかに説くに宜しからず、仏法起り難し」と。恵能、祖に辞違し已りて、足を発して南に行く。両月の中間に、大庾嶺に至る。後を逐ひて数百人来り、衣鉢を奪はんと欲す。一僧、俗姓は陳、名は恵明、先は是れ四品の将軍なり。性行粗燥にして、極意に参尋し、衆人の先と為り、恵能に趨(はし)り及ぶ。恵能、衣鉢を擲下して、草莽の中に隠る。恵明至り、提ぐるも動かず、乃ち喚びて云ふ、「行者、行者、我は法の為に来る、衣の為に来らず」と。恵能遂に出でて、盤石の上に坐す。恵明礼を作して云ふ、「望むらくは行者、我が為に法を説け」と。恵能曰く、「汝既に法の為にして来らば、諸縁を屏息して、一念をも生ずること勿れ。吾汝が為に説かん」と。
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