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武道初心集 / 義不義二

又は卒中風などの急病を煩ひ出し。即時に相果候義有之時は。右金子を預けたるも預りたる者とては壹人も無之候。然るに扱も笑止なる仕合かなと。痛ましく思ふ心より外には毛頭も邪念なく。右預り置たる金子の義を。其ものゝ親類へ申理り。早速返し遣はすは是眞によく義を行ふ人と可申候。次は右の金子と申は。大抵の知人までにて。左のみ入魂と申にも無之。預りたる金子の義は。外に知りたる者なければ。何方より問尋ねのあるべき事にも非ず。折しも我手前も不如意なれば。幸の義なり。是は沙汰なしに致し置ても苦しかるまじきかと。邪念のさし出候を。扱もむさき意地出たる物かなと。我と我心を恥しめ。急度分別を致しかへ。件の金子を返すは。是を心に恥て義を行ふ人と可申候。又其次は。右の金子預り置候を。妻子召使のものの中に於て。壹人にても存じたるもの有之に付。其者のおもわくを恥。後日の沙汰を憚りて。其金を返すは。是人に恥て義を行ふ人と可申候。但し如此なるは。一向に知りたる人さへ無くば如何あるべきや。去りながら。是も亦義を知て行ふ人に非ずとは申がたく候。總じて義を行ふ修行の心得と申は。我妻子召使を初め。身に親しき輩の下墨を第一に恥愼しみ。それより廣く他人の誹り嘲りを。

新字:又は卒中風などの急病を煩ひ出し。即時に相果候義有之時は。右金子を預けたるも預りたる者とては壱人も無之候。然るに扱も笑止なる仕合かなと。痛ましく思ふ心より外には毛頭も邪念なく。右預り置たる金子の義を。其ものゝ親類へ申理り。早速返し遣はすは是真によく義を行ふ人と可申候。次は右の金子と申は。大抵の知人までにて。左のみ入魂と申にも無之。預りたる金子の義は。外に知りたる者なければ。何方より問尋ねのあるべき事にも非ず。折しも我手前も不如意なれば。幸の義なり。是は沙汰なしに致し置ても苦しかるまじきかと。邪念のさし出候を。扱もむさき意地出たる物かなと。我と我心を恥しめ。急度分別を致しかへ。件の金子を返すは。是を心に恥て義を行ふ人と可申候。又其次は。右の金子預り置候を。妻子召使のものの中に於て。壱人にても存じたるもの有之に付。其者のおもわくを恥。後日の沙汰を憚りて。其金を返すは。是人に恥て義を行ふ人と可申候。但し如此なるは。一向に知りたる人さへ無くば如何あるべきや。去りながら。是も亦義を知て行ふ人に非ずとは申がたく候。総じて義を行ふ修行の心得と申は。我妻子召使を初め。身に親しき輩の下墨を第一に恥慎しみ。それより広く他人の誹り嘲りを。

書き下し

又は卒中風などの急病を煩ひ出し。即時に相果候義有之時は。右金子を預けたるも預りたる者とては壹人も無之候。然るに扱も笑止なる仕合かなと。痛ましく思ふ心より外には毛頭も邪念なく。右預り置たる金子の義を。其ものゝ親類へ申理り。早速返し遣はすは是眞によく義を行ふ人と可申候。次は右の金子と申は。大抵の知人までにて。左のみ入魂と申にも無之。預りたる金子の義は。外に知りたる者なければ。何方より問尋ねのあるべき事にも非ず。折しも我手前も不如意なれば。幸の義なり。是は沙汰なしに致し置ても苦しかるまじきかと。邪念のさし出候を。扱もむさき意地出たる物かなと。我と我心を恥しめ。急度分別を致しかへ。件の金子を返すは。是を心に恥て義を行ふ人と可申候。又其次は。右の金子預り置候を。妻子召使のものの中に於て。壹人にても存じたるもの有之に付。其者のおもわくを恥。後日の沙汰を憚りて。其金を返すは。是人に恥て義を行ふ人と可申候。但し如此なるは。一向に知りたる人さへ無くば如何あるべきや。去りながら。是も亦義を知て行ふ人に非ずとは申がたく候。總じて義を行ふ修行の心得と申は。我妻子召使を初め。身に親しき輩の下墨を第一に恥愼しみ。それより廣く他人の誹り嘲りを。

現代語訳

または卒中風などの急病にかかり、すぐに亡くなってしまうことがあったとします。そのとき、金を預けた者は一人も知らず、預かった者以外に知る人もいません。それなのに、何とも気の毒なことになったと、痛ましく思う心のほかには少しも邪念がなく、預かっていた金のことをその者の親類に断って、すぐに返すのは、本当によく義を行う人と言うべきです。次に、その金は並の知り合いのものにすぎず、さほど親しいわけでもなく、預かったことを知る者がほかにいないので、どこからも問い合わせがあるはずがない。ちょうど自分の暮らしも不如意なので、幸いなことだ。黙っていても差し支えないだろうか、と邪念が頭をもたげたものの、何と卑しい心が出たものかと自分で自分を恥じ、はっきり考えを改めてその金を返すのは、心に恥じて義を行う人と言うべきです。さらにその次は、預かった金のことを妻子や召使のうち一人でも知っている者がいるので、その者の思わくを恥じ、後日の噂をはばかって返すのは、人に恥じて義を行う人と言うべきです。ただし、このような場合に、誰も知る人がまったくいなければどうなるのかという疑問も出ましょう。しかしこれも、義を知って行う人でないとは言いがたいのです。総じて義を行う修行の心得とは、自分の妻子・召使をはじめ身近な者たちの陰口を第一に恥じて慎み、そこからさらに広く他人の非難や嘲りを

解説

預かり金を返すかどうかという実例を、友山は動機の高さで三段に分けて示します。ただ痛ましく思って返す人、自分の邪念を恥じて返す人、身内の目を恐れて返す人です。最後の人も義を知らぬとは言えないとする点に、立派な動機でなくてもまず行いを正せば習いになるという見方が表れています。誰も見ていない預かり金や経費の扱いは、現代の職場でもそのまま試される場面です。清廉さは信念よりも、身近な人の目を恥じる感覚から育つという現実的な指摘は、若手の指導にも使えます。

この章句が説くこと

義預かり金恥邪念誠実武道初心集

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