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驢鞍橋 / 卷中

又凡夫と云ふは、幻化の僞を實となし、有執相著の私の心を造り出し、貪嗔痴の念を始めとし、あらゆる煩惱を起し、本心を失ひ、散亂の心休む時なく、念々發するに隨て、其の念に負て、心をくだき身をくるしめて、浮ぶ心なく、闇々として空く光陰を送り、已に迷てたゞよひ、物に逢着するを、凡夫心と名けたりと云ふは、僞の身を我と留め、是れを根本として、さまざま私の心を造出し、にくひとは負け、かはゆいとは負け、をしいとはまけ、ほしいとは負け、さまざま念を生し、念每に負て沈み果て、身を苦め心を惱し、物毎に心を取られ、やみやみとして居るを、凡夫と云ふ也。

新字:又凡夫と云ふは、幻化の偽を実となし、有執相著の私の心を造り出し、貪嗔痴の念を始めとし、あらゆる煩悩を起し、本心を失ひ、散乱の心休む時なく、念々発するに随て、其の念に負て、心をくだき身をくるしめて、浮ぶ心なく、闇々として空く光陰を送り、已に迷てたゞよひ、物に逢着するを、凡夫心と名けたりと云ふは、偽の身を我と留め、是れを根本として、さまざま私の心を造出し、にくひとは負け、かはゆいとは負け、をしいとはまけ、ほしいとは負け、さまざま念を生し、念毎に負て沈み果て、身を苦め心を悩し、物毎に心を取られ、やみやみとして居るを、凡夫と云ふ也。

書き下し

又凡夫と云ふは、幻化の偽を実となし、有執相著の私の心を造り出し、貪嗔痴の念を始めとし、あらゆる煩悩を起し、本心を失ひ、散乱の心休む時なく、念々発するに随て、其の念に負て、心をくだき身をくるしめて、浮ぶ心なく、闇々として空く光陰を送り、已に迷てたゞよひ、物に逢着するを、凡夫心と名けたりと云ふは、偽の身を我と留め、是れを根本として、さまざま私の心を造出し、にくひとは負け、かはゆいとは負け、をしいとはまけ、ほしいとは負け、さまざま念を生し、念毎に負て沈み果て、身を苦め心を悩し、物毎に心を取られ、やみやみとして居るを、凡夫と云ふ也。

現代語訳

また「凡夫というのは、幻の偽りを実在とし、有に執着し相に囚われた私の心を造り出し、貪・瞋・痴の念を始めとして、あらゆる煩悩を起こし、本心を失い、散乱した心が休む時もなく、念が起こるたびにその念に負けて、心を砕き身を苦しめ、浮かぶ心もなく、闇々として空しく月日を送り、すでに迷ってさまよい、物に行き当たるのを凡夫心と名づけた」と書いたのは、偽りの身を自分だと思い定め、これを根本としてさまざまな私の心を造り出し、憎いと思っては負け、可愛いと思っては負け、惜しいと思っては負け、欲しいと思っては負け、さまざまな念を生じ、念ごとに負けて沈み果て、身を苦しめ心を悩まし、物ごとに心を取られ、闇の中にいるようにしているのを凡夫というのである。

解説

前条の道人と対になる、凡夫の姿の描写である。憎い、可愛い、惜しい、欲しいと念が起こるたびに負け、そのたびに沈んでいく。正三の言う凡夫とは、特別に悪い人ではなく、湧いてくる感情にいちいち従ってしまう普通の人のことだ。念が起こること自体ではなく、それに負けることが問題なのである。一日のうちに何度感情に負けたかを数えてみると、自分の心がどこで沈んでいるかが見えてくる。

この章句が説くこと

凡夫感情煩悩執着修行本心

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