驢鞍橋 / 卷中
又先づ志は、菩提を催す本、眞實は菩提の決定、義は煩惱を截る劍也。此の三にて金輪の三足の如し。一つ欠ても、道成就すへからずと云ふも、古來より沙汰したる人も聞かねども、我心にあるに仍て書く也。此の三が急度相應して、勇猛精進と成り、切に急に進んて打成一片と成らすんは、道は成せぬ也。扨て又曉の三時は、一入進む時節也と云ふも、我胸、曉毎に一入大事起る故に書く也。
新字:又先づ志は、菩提を催す本、真実は菩提の決定、義は煩悩を截る剣也。此の三にて金輪の三足の如し。一つ欠ても、道成就すへからずと云ふも、古来より沙汰したる人も聞かねども、我心にあるに仍て書く也。此の三が急度相応して、勇猛精進と成り、切に急に進んて打成一片と成らすんは、道は成せぬ也。扨て又暁の三時は、一入進む時節也と云ふも、我胸、暁毎に一入大事起る故に書く也。
書き下し
又先づ志は、菩提を催す本、真実は菩提の決定、義は煩悩を截る剣也。此の三にて金輪の三足の如し。一つ欠ても、道成就すへからずと云ふも、古来より沙汰したる人も聞かねども、我心にあるに仍て書く也。此の三が急度相応して、勇猛精進と成り、切に急に進んて打成一片と成らすんは、道は成せぬ也。扨て又暁の三時は、一入進む時節也と云ふも、我胸、暁毎に一入大事起る故に書く也。
現代語訳
また「まず志は菩提を催す本、真実は菩提の決定、義は煩悩を截る剣である。この三つは金輪の三本の脚のようなもので、一つ欠けても道は成就しない」と書いたのも、昔から論じた人がいるとは聞かないが、自分の心にあることだから書いたのである。この三つがしっかりと相応して勇猛精進となり、切に急に進んで打成一片とならなければ、道は成就しない。さてまた「暁の三時は一段と進む時節である」と書いたのも、自分の胸に、暁ごとに一段と大事が起こるから書いたのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷下四月日、示して曰く、浮沈の機の位、又志真実義のこと、皆能く心得たりや。我は頓てなくなる間、各此の道理を能く心得置くべし。先つ法にすくか志也。真実と云ふは、腹立つたる時の機の位也。義は宜きに随ふと云つて、能く成るが義也。性の明くなるが義也。此の前随分志真実ある長老ありけるが、いかにしても義なく、暗ふして用に立たす。又生付て義の有る性の人も有れども、志真実なければ用に立たす。兎角此の三つの調はずして、修行成就すべからす。然る間志を進め、真実を発し義を正しく守るべし。此の三つ融通して勇猛精進と成る。切に急に一大事因縁の心と成る也。古人切に急にと進めたるも、先づ勇猛心也。勇猛精進の心起らすして、切なる心、急なる心知るべからずと也。
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『呻吟語』内篇・應務・只だ是れ志無し義の當に為すべき所、力の能く為す所、心為す有らんと欲するも、親友挽き回し得、妻拏勸め止め得るは、只だ是れ志無きなり。
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『近思録』巻7 出処問ふ、家貧しく親老い、挙に応じ仕を求むるに、得失の累有るを免れず。何を修めてか以て此を免るべき。伊川先生曰く、此れ只是れ志気に勝たざるなり。若し志勝たば、自ら此の累無し。家貧しく親老いたれば、須らく禄仕を用ふべし。然れども「之を得ると得ざるとは命有りと為す」。曰く、己に在りては固より可なり。親の為には奈何せん。曰く、己の為と親の為と、也只是れ一事なり。若し得ざれば、其れ命を如何せん。孔子曰く、「命を知らざれば、以て君子為ること無し。」人苟も命を知らざれば、患難を見れば必ず避け、得喪に遇へば必ず動き、利を見れば必ず趨る、其れ何を以てか君子為らんや。或ひと謂ふ、科挙の事業は、人の功を奪ふと、是れ然らず。且つ一月の中、十日を挙業と為さば、余日は学を為すに足るべし。然れども人此に志さざれば、必ず彼に志す。故に科挙の事、功を妨ぐるを患へず、惟だ志を奪ふを患ふ。横渠先生曰く、世禄の栄は、王者の功有るを録し、徳有るを尊ぶ所以なり。之を愛し之を厚くし、恩遇の窮まらざるを示すなり。人の後為る者は、宜しく職を楽しみ功を勧め、以て勤事の任に服すべき所なり。廉を長じ利を遠ざけ、以て世風を似述すべし。而るに近代の公卿の子孫、方に且つ下りて布衣に比し、声病を工にし、有司に售る。仕を求むるの義に非ざるを知らずして、反つて理に循ふを羞ぢて無能と為す。蔭襲の栄たるを知らずして、反つて虚名を以て善く継ぐと為す。誠に何の心ぞや。其の力を資らずして其の有を利せざれば、則ち能く人の勢を忘る。人多く貧賤に安んずと言ふ、其の実は只是れ計窮まり力屈し、才短くして営画すること能はざるのみ。若し稍動き得ば、恐らくは未だ肯へて之に安んぜず。須らく是れ誠に義理の利欲より楽しきを知りて、乃ち能くすべし。天下の事の大患は只是れ人の非笑を畏るるなり。車馬を養はず、麄を食ひ悪を衣、貧賤に居る、皆人の非笑を恐る。当に生くべくんば則ち生き、当に死すべくんば則ち死し、今日万鍾、明日之を棄て、今日富貴、明日饑餓するを知らず。亦䘏へず。「惟だ義の在る所のみ。」
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『童子問』卷中問ふ、毀誉の来たる、喜厭の心無きこと能はず。如何にして可ならん。曰く、毀誉は士の常なり。奚ぞ以て憂喜と為すに足らん。孟子曰く、士茲の多口を増すと。趙氏曰く、士為る者は、益々多く衆口の訕る所と為ると。常人の若きは、固より軽重するに足らず。士為る者は、必ず志有り義有り。其の稍々高き者は、又或いは識見有り、特立独行して、時輩に随ひて馳逐せず。是れ訕謗を来たす所以なり。其の道愈々大なれば、之を譏る者愈々衆く、其の徳愈々邵ければ、之を寇する者愈々深し。憂心悄悄として、群小に慍まる。孔子すら猶ほ然り。況んや其の他をや。韓文公・程伊川・朱晦翁・王新建の当時に在るや、擯排斥逐、余力を遺さず。然り而して後世に至りて、其の美名芳躅、弥々遠くして弥々彰らかに、日月と光を争ふに至る。公論の天下に在る、掩ふべからざること此の如し。唯だ明主のみ能く之を察して、暗主は衆言に眩まざること能はず。関張の譏りの孔明に行はれずして、孔文仲の誣の元祐に行はれし所以なり。孟子曰く、不虞の誉れ有り、求全の毀り有りと。説く者曰く、己を修むる者は、是を以て遽かに憂喜を為すべからず。人を観る者は、是を以て軽々しく進退を為すべからずと。士若し誉れを聞きて喜び、毀りを聞きて厭へば、則ち必ず時に狥ひ世に阿り、節を改め操を移すに至る。自ら戒めざるべからず。
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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史記 刺客列伝高漸離名姓を変じて人の庸保と為り、宋子に匿れ作す。之を久しくして、作苦しく、其の家の堂上に客の筑を撃つを聞き、傍偟して去る能はず。毎に言を出だして曰く、「彼に善有り善ならざる有り」と。従者以て其の主に告げて曰く、「彼の庸は乃ち音を知り、竊かに是非を言ふ」と。家の丈人召して前に筑を撃たしむ。一坐善しと称し、酒を賜ふ。而して高漸離、久しく隠れて畏約すること窮まる時無きを念ひ、乃ち退きて、其の装匣の中の筑と其の善衣とを出だし、容貌を更めて前む。坐を挙げて客皆驚き、下りて与に抗礼し、以て上客と為す。筑を撃ちて歌はしむ。客流涕して去らざる者無し。宋子伝へて之を客とし、秦の始皇に聞こゆ。秦の始皇召し見る。人識る者有りて、乃ち曰く、「高漸離なり」と。秦の皇帝其の善く筑を撃つを惜しみ、重ねて之を赦し、乃ち其の目を矐す。筑を撃たしむるに、未だ嘗て善しと称せずんばあらず。稍く益々之に近づく。高漸離乃ち鉛を以て筑の中に置き、復た進みて近づくを得、筑を挙げて秦の皇帝を樸つ。中らず。是に於て遂に高漸離を誅し、身を終ふるまで復た諸侯の人に近づかず。魯句践已に荊軻の秦王を刺せしを聞き、私かに曰く、「嗟乎、惜しいかな其の刺剣の術を講ぜざりしや。甚だしいかな吾の人を知らざるや。曩者吾之を叱す。彼乃ち我を以て人に非ずと為せしならん」と。太史公曰く、世に荊軻を言ふに、其の太子丹の命を称して、「天粟を雨らし、馬角を生ず」とするや、太だ過ぎたり。又荊軻秦王を傷つくと言ふも、皆非なり。始め公孫季功・董生、夏無且と游び、具に其の事を知り、余の為に之を道ふこと是の如し。曹沫より荊軻に至るまで五人、此れ其の義或いは成り或いは成らず。然れども其の意を立つること較然として、其の志を欺かず、名後世に垂る。豈に妄ならんや。
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