呻吟語 / 内篇・應務・只だ是れ志無し
義所當為,力所能為,心欲有為,而親友挽得回,妻拏勸得止,只是無志。
新字:義所当為,力所能為,心欲有為,而親友挽得回,妻拏勧得止,只是無志。
書き下し
義の當に為すべき所、力の能く為す所、心為す有らんと欲するも、親友挽き回し得、妻拏勸め止め得るは、只だ是れ志無きなり。
現代語訳
義としてなすべきことで、力としてできることで、心もやろうとしているのに、親しい友に引き戻され、妻子に止められてやめるなら、それはただ志が無いのです。
解説
三つの条件が揃っているのに動かない場合を、志の不足と断じます。義にかない、力が足り、心も向いている。それでも周りに止められてやめるなら、止めた側のせいではありません。本人の志が弱いから止められるのだ、という診断です。人のせいにする余地を一つずつ潰していく論法で、実に厳しい一段になっています。人のせいにする余地を、一つずつ潰していく論法です。
この章句が説くこと
志周囲言い訳義実行
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『呻吟語』内篇・應務・只だ一半を信じ得可し毅然として有為の志を奮ふも、手に到り來たれば只だ五分を做し得るのみ。渠自ら信ぜざるに非ず、未だ事に臨まざるの志向は篤しと雖も、既に事に臨むの力量足らざればなり。故に平居人を觀て以て自ら省みるも、只だ一半を信じ得可し。
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