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童子問 / 卷中

問。毀譽之來。不能無喜厭之心。如何而可。曰。毀譽士之常。奚足以爲憂喜。孟子曰。士增玆多口。趙氏曰。爲士者。益多爲衆口所訕。若常人。固不足輕重。爲士者。必有志有義。其稍高者。又或有識見。特立獨行。不隨時輩馳逐。是所以來訕謗也。其道愈大。譏之者愈衆。其德愈邵。寇之者愈深。憂心悄悄。慍于群小。孔子猶然。況其他乎。韓文公程伊川朱晦翁王新建之在當時也。擯排斥逐。不遺餘力。然而至于後世。其美名芳躅。彌遠彌彰。至與日月爭光。公論之在天下。不可掩如此。唯明主能察之。而暗主不能不眩於衆言。所以關張之譏不行于孔明。而孔文仲之誣行于元祐也。孟子曰。有不虞之譽。有求全之毀。說者曰。修己者。不可以是遽爲憂喜。觀人者。不可以是輕爲進退。士若聞譽而喜。聞毀而厭焉。則必至狥時阿世改節移操。不可不自戒焉。

新字:問。毀誉之来。不能無喜厭之心。如何而可。曰。毀誉士之常。奚足以為憂喜。孟子曰。士增玆多口。趙氏曰。為士者。益多為衆口所訕。若常人。固不足軽重。為士者。必有志有義。其稍高者。又或有識見。特立独行。不随時輩馳逐。是所以来訕謗也。其道愈大。譏之者愈衆。其徳愈邵。寇之者愈深。憂心悄悄。慍于群小。孔子猶然。況其他乎。韓文公程伊川朱晦翁王新建之在当時也。擯排斥逐。不遺余力。然而至于後世。其美名芳躅。弥遠弥彰。至与日月争光。公論之在天下。不可掩如此。唯明主能察之。而暗主不能不眩於衆言。所以関張之譏不行于孔明。而孔文仲之誣行于元祐也。孟子曰。有不虞之誉。有求全之毀。説者曰。修己者。不可以是遽為憂喜。観人者。不可以是軽為進退。士若聞誉而喜。聞毀而厭焉。則必至狥時阿世改節移操。不可不自戒焉。

書き下し

問ふ、毀誉の来たる、喜厭の心無きこと能はず。如何にして可ならん。曰く、毀誉は士の常なり。奚ぞ以て憂喜と為すに足らん。孟子曰く、士茲の多口を増すと。趙氏曰く、士為る者は、益々多く衆口の訕る所と為ると。常人の若きは、固より軽重するに足らず。士為る者は、必ず志有り義有り。其の稍々高き者は、又或いは識見有り、特立独行して、時輩に随ひて馳逐せず。是れ訕謗を来たす所以なり。其の道愈々大なれば、之を譏る者愈々衆く、其の徳愈々邵ければ、之を寇する者愈々深し。憂心悄悄として、群小に慍まる。孔子すら猶ほ然り。況んや其の他をや。韓文公・程伊川・朱晦翁・王新建の当時に在るや、擯排斥逐、余力を遺さず。然り而して後世に至りて、其の美名芳躅、弥々遠くして弥々彰らかに、日月と光を争ふに至る。公論の天下に在る、掩ふべからざること此の如し。唯だ明主のみ能く之を察して、暗主は衆言に眩まざること能はず。関張の譏りの孔明に行はれずして、孔文仲の誣の元祐に行はれし所以なり。孟子曰く、不虞の誉れ有り、求全の毀り有りと。説く者曰く、己を修むる者は、是を以て遽かに憂喜を為すべからず。人を観る者は、是を以て軽々しく進退を為すべからずと。士若し誉れを聞きて喜び、毀りを聞きて厭へば、則ち必ず時に狥ひ世に阿り、節を改め操を移すに至る。自ら戒めざるべからず。

現代語訳

問う。毀りや誉れがやってくると、喜んだり嫌がったりする心が起こらずにはいられない。どうすればよいか。答えていう。毀りも誉れも士にとっては常のことである。どうして憂えたり喜んだりするに足りよう。孟子は「士はいよいよ多くの口の非難を増すものだ」と言い、趙岐は「士たる者は、ますます多く衆人の口にそしられる」と注した。普通の人なら、もとより重んじたり軽んじたりするほどのこともない。士たる者は、必ず志があり義がある。そのうち少し高い者は、さらに見識があって独り立ち独り行い、時流の仲間に従って駆け回ることをしない。これがそしりを招く理由である。その道が大きいほど、これを譏る者は多くなり、その徳が高いほど、これを害する者は深くなる。「憂える心は深く、小人どもに恨まれる」と詩にある。孔子でさえそうであった。ましてその他の人はなおさらである。韓愈・程伊川・朱熹・王陽明が当時にあったときには、退けられ追い払われ、容赦がなかった。それなのに後世になると、その美名と立派な足跡は、時が経つほどいよいよ明らかになり、日月と光を競うほどになった。天下の公論が覆い隠せないのはこのとおりである。ただ明君だけがこれを見抜けるが、暗君は多くの言葉に惑わされずにはいられない。関羽・張飛の譏りが諸葛孔明に及ばず、孔文仲の讒言が元祐の世に通ってしまったのはそのためである。孟子は「思いがけない誉れがあり、完全を求めてかえって受ける毀りがある」と言った。注釈者は「自分を修める者は、これによってにわかに憂えたり喜んだりしてはならず、人を観る者は、これによって軽々しく進退を決めてはならない」と言った。士がもし誉れを聞いて喜び、毀りを聞いて嫌がるならば、必ず時流に従い世におもねり、節を改め操を移すことになる。自ら戒めなければならない。

解説

毀誉褒貶への向き合い方を問われ、仁斎は毀誉は士の常だと答える。志と見識をもって時流に流されない者ほど、道が大きく徳が高いほど、そしる者は多く深くなる。孔子さえそうであり、韓愈や程伊川、朱熹、王陽明も生前は排斥されたが、後世には名声が日月と光を争うほどになった。天下の公論はいずれ明らかになるという確信が、ここにはある。逆に毀誉に一喜一憂すれば、時流におもねり節を曲げることになると戒める。評価や評判に振り回されがちな現代の働き手にとって、目先の声より長い目での公論を信じて節を守る支えとなる一章である。

この章句が説くこと

毀誉節操志義公論孟子

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