驢鞍橋 / 卷中
師一日謂衆曰く、十牛の圖は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。當時學者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の圖を作し、直に此の圖に契ふ樣に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ樣な事有らんや。結句此比は圖無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。
新字:師一日謂衆曰く、十牛の図は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。当時学者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の図を作し、直に此の図に契ふ様に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ様な事有らんや。結句此比は図無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。
書き下し
師一日衆に謂て曰く、十牛の図は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。当時学者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の図を作し、直に此の図に契ふ様に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ様な事有らんや。結句此比は図無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。
現代語訳
師がある日衆に言われた。十牛図は、さてもよく作られたものだ。さて、また頌を作り添えた人は誤りである。当時の学者が皆、文字や言句にばかりこだわっていたので、文字言句を削り捨ててこの図を作り、直接この図にかなうように修行させようとした方便なのである。それなのにまた頌を作り、和して文字を取り付けるなどということがあってよいものか。あげくのはてに近ごろは、図が無くて頌ばかりを出した本などがある。大きな誤りだ。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』修身君子は、戰に陳有りと雖も、勇を本と為す。喪に禮有りと雖も、哀を本と為す。士に學有りと雖も、行を本と為す。是の故に本を置くこと安からざる者は、末を豐かにするを務むること無かれ。近き者親しまざれば、逺きを來すを務むること無かれ。親戚附かざれば、外交を務むること無かれ。事に始め無ければ、終に多業を務むること無かれ。物を舉げて闇ければ、博聞を務むること無かれ。是の故に先王の天下を治むるや、必ず邇きを察して逺きを來す。君子は邇きを察して邇き修まる者なり。修めざる行を見、毁を見て、之を身に反す者なり。此を以て怨み省かれて行い修まる。譖慝の言は、之を耳に入るること無く、批扞の聲は、之を口に出だすこと無く、人を殺傷するの孩は、之を心に存すること無くんば、詆訐の民有りと雖も、依る所無からん。故に君子は事に力めて日に彊く、願欲は日に逾え、設壯は日に盛んなり。君子の道や、貧しければ則ち亷を見わし、富めば則ち義を見わし、生けば則ち愛を見わし、死すれば則ち哀を見わす。四行なる者は虚假す可からず、之を身に反す者なり。心に蔵する者は以て愛を竭くすこと無く、身に動く者は以て恭を竭くすこと無く、口に出づる者は以て馴を竭くすこと無し。之を四支に暢べ、之を肌膚に接し、華髮隳巔にして猶お舎てざる者は、其れ唯だ聖人か。
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司馬法・嚴位凡そ大善は本を用い、其の次は末を用う。略を執り微を守り、本末は唯(た)だ権(はか)るのみ、戦なり。
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