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驢鞍橋 / 卷中

師一日謂衆曰く、十牛の圖は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。當時學者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の圖を作し、直に此の圖に契ふ樣に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ樣な事有らんや。結句此比は圖無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。

新字:師一日謂衆曰く、十牛の図は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。当時学者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の図を作し、直に此の図に契ふ様に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ様な事有らんや。結句此比は図無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。

書き下し

師一日衆に謂て曰く、十牛の図は、さりとては能くせられたり扨て又頌を作り添えた人は錯也。当時学者皆文字言句にばかりかゝはるに因て、文字言句をけづり捨て、此の図を作し、直に此の図に契ふ様に修させんとの方便也。然るに又頌を作し、和をなして文字を取著ると云ふ様な事有らんや。結句此比は図無くして頌ばかり出したる本などあり、大なる錯也。

現代語訳

師がある日衆に言われた。十牛図は、さてもよく作られたものだ。さて、また頌を作り添えた人は誤りである。当時の学者が皆、文字や言句にばかりこだわっていたので、文字言句を削り捨ててこの図を作り、直接この図にかなうように修行させようとした方便なのである。それなのにまた頌を作り、和して文字を取り付けるなどということがあってよいものか。あげくのはてに近ごろは、図が無くて頌ばかりを出した本などがある。大きな誤りだ。

解説

十牛図は、牛を探して捕らえ、飼いならして最後に町へ戻るまでを十枚の絵で描き、悟りへの道のりを示す禅の教材である。正三は、図は文字にとらわれる学者のために言葉を削って作られたものだと見て、そこに頌(詩)を添えたことを誤りとした。さらに図を省いて頌だけを載せた本が出回るのは本末転倒だと嘆く。言葉にならないものを伝えるための工夫が、いつのまにか言葉の説明に置き換わってしまうという指摘である。資料や手順書が、本来伝えたかった体験そのものを覆い隠していないかを点検したい。

この章句が説くこと

十牛図禅文字方便修行本末

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