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驢鞍橋 / 卷中

師語て曰く、此の前、權現樣の御前にて、曹洞の三箇寺斷しの次に、此比在□にて火車の亡者をつかむを拔し落したる導師有りと申されたり時に權現樣なせくれてやらなんだとの仰せありしかは、三箇の諸老ひしとつまり。良有りて、なにがくれてはやられ申してこそ抔と御挨拶申し上けられたり。何と惡い挨拶ではをりないか我ならは御意の通也。とらずる人ならは、取りも仕るまいと申し上けんと也

新字:師語て曰く、此の前、権現様の御前にて、曹洞の三箇寺断しの次に、此比在□にて火車の亡者をつかむを抜し落したる導師有りと申されたり時に権現様なせくれてやらなんだとの仰せありしかは、三箇の諸老ひしとつまり。良有りて、なにがくれてはやられ申してこそ抔と御挨拶申し上けられたり。何と悪い挨拶ではをりないか我ならは御意の通也。とらずる人ならは、取りも仕るまいと申し上けんと也

書き下し

師語て曰く、此の前、権現様の御前にて、曹洞の三箇寺断しの次に、此比在□にて火車の亡者をつかむを抜し落したる導師有りと申されたり時に権現様なせくれてやらなんだとの仰せありしかは、三箇の諸老ひしとつまり。良有りて、なにがくれてはやられ申してこそ抔と御挨拶申し上けられたり。何と悪い挨拶ではをりないか我ならは御意の通也。とらずる人ならは、取りも仕るまいと申し上けんと也

現代語訳

師が語って言われた。以前、権現様(徳川家康)の御前で、曹洞宗の三箇寺が(何かの)裁きを受けた折に、「近ごろ在□で、火車が亡者をつかむのを引き離して落とした導師がいる」と申し上げた。その時権現様が「なぜくれてやらなかったのか」と仰せになったので、三箇寺の長老たちはぐっと詰まった。しばらくして「どうしてくれてやれましょうか」などとご挨拶申し上げた。なんと悪い挨拶ではないか。私なら「御意のとおりです。くれてやるべき人であったなら、取り返しもいたしますまい」と申し上げただろう、と。

解説

火車は、罪深い亡者を地獄へ運ぶ燃える車で、葬儀の場で遺体を奪いに来ると信じられていた。家康の「なぜくれてやらなかったのか」という一言は、導師の手柄話を試すものとも読める。長老たちは詰まった末に的外れな返事をし、正三はそれを悪い挨拶だと評した。正三の答えは、家康の言葉をまず受け止め、導師が取り返したのはくれてやるべき者ではなかったからだと筋を通すものである。上に立つ人の問いに対しては、うろたえず、相手の意を受けたうえで自分の筋を示すことが大切である。

この章句が説くこと

家康問答応対火車筋導師

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