驢鞍橋 / 卷上
師一日或る曹洞宗の寺に至る。住持雜談の次てに曰く、某幼少より立ちながら小用せず、爐に唾を吐かず。師聞て曰、其樣な事にても無くては出家冥加も有り、早く一寺にも住し、人にも知らるゝ事有るへからず。此上ながら道心冥加の有る樣に成り申度し。亦曰、小僧共に能く敎へたるが能き也。必ず立ちながら小用させめさるゝな、出家侍の立小用見苦敷物也。爐に唾を吐かせめさるゝな、食物をも灸り、其上香爐の火をも取る物也。總して曹洞宗は、おつゝかみにて律儀なし、誠の道心こそなくとも、行規計りなりとも正しくすべし。責めて是れ程の事なりとも無くんば、人間に生を得たる甲斐なし。皆耻かきに出でたり。我も七十年耻をかき來れりと也。
新字:師一日或る曹洞宗の寺に至る。住持雑談の次てに曰く、某幼少より立ちながら小用せず、炉に唾を吐かず。師聞て曰、其様な事にても無くては出家冥加も有り、早く一寺にも住し、人にも知らるゝ事有るへからず。此上ながら道心冥加の有る様に成り申度し。亦曰、小僧共に能く教へたるが能き也。必ず立ちながら小用させめさるゝな、出家侍の立小用見苦敷物也。炉に唾を吐かせめさるゝな、食物をも灸り、其上香炉の火をも取る物也。総して曹洞宗は、おつゝかみにて律儀なし、誠の道心こそなくとも、行規計りなりとも正しくすべし。責めて是れ程の事なりとも無くんば、人間に生を得たる甲斐なし。皆耻かきに出でたり。我も七十年耻をかき来れりと也。
書き下し
師一日或る曹洞宗の寺に至る。住持雑談の次てに曰く、某幼少より立ちながら小用せず、炉に唾を吐かず。師聞て曰、其様な事にても無くては出家冥加も有り、早く一寺にも住し、人にも知らるゝ事有るへからず。此上ながら道心冥加の有る様に成り申度し。亦曰、小僧共に能く教へたるが能き也。必ず立ちながら小用させめさるゝな、出家侍の立小用見苦敷物也。炉に唾を吐かせめさるゝな、食物をも灸り、其上香炉の火をも取る物也。総して曹洞宗は、おつゝかみにて律儀なし、誠の道心こそなくとも、行規計りなりとも正しくすべし。責めて是れ程の事なりとも無くんば、人間に生を得たる甲斐なし。皆耻かきに出でたり。我も七十年耻をかき来れりと也。
現代語訳
師がある日、ある曹洞宗の寺に行かれた。住職が雑談のついでに言った。私は幼少のころから、立ったまま小用をせず、炉に唾を吐きません。師は聞いて言われた。そのようなことでもなければ、出家の冥加もあり、早く一寺に住し、人にも知られることはなかっただろう。このうえは、道心の冥加があるようになりたいものです。また言われた。小僧たちによく教えるのがよい。決して立ったまま小用をさせてはならない。出家や侍の立ち小便は見苦しいものだ。炉に唾を吐かせてはならない。食べ物も炙り、そのうえ香炉の火も取るものである。おおよそ曹洞宗は大ざっぱで、律儀さがない。本当の道心こそなくても、せめて行儀作法だけでも正しくしなさい。せめてこれくらいのことでもなければ、人間に生まれた甲斐がない。みな恥をかきに出てきたのだ。私も七十年恥をかいてきた、と。
解説

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