驢鞍橋 / 卷下
去る時、僧俗の修行者思の外心得惡しと發憤有る折節、去る僧來る。師見て曰く、出入の人人大方にも心得たるかと云ひければ、一人もなし。殊に坊主の生けた振見度なし。あらいやの御坊主達や。早々歸りめされよと云つて、急に逐ひ歸し給ふ也。
新字:去る時、僧俗の修行者思の外心得悪しと発憤有る折節、去る僧来る。師見て曰く、出入の人人大方にも心得たるかと云ひければ、一人もなし。殊に坊主の生けた振見度なし。あらいやの御坊主達や。早々帰りめされよと云つて、急に逐ひ帰し給ふ也。
書き下し
去る時、僧俗の修行者思の外心得悪しと発憤有る折節、去る僧来る。師見て曰く、出入の人人大方にも心得たるかと云ひければ、一人もなし。殊に坊主の生けた振見度なし。あらいやの御坊主達や。早々帰りめされよと云つて、急に逐ひ帰し給ふ也。
現代語訳
ある時、僧俗の修行者が思いのほか心得が悪いと憤っておられた折に、ある僧が来た。師は見て言われた。出入りの人々は、おおよそでも心得たか、と言ったところ、一人もいない。とりわけ坊主が生きている振りなど見たくもない。ああ嫌な御坊主たちだ。早々にお帰りなさい、と言って、急に追い返された。
解説
弟子たちの心得の悪さに憤っていたところへ来た僧を、正三は、誰も分かっていない、坊主の生きている振りなど見たくない、と言って追い返した。晩年の正三の苛立ちが、そのまま行動に表れた場面である。死を覚悟して生きよと説き続けてきたのに、なお自分を大事にして生きている弟子たちの姿が耐えられなかったのだろう。師の激しさと、それだけ弟子に期待していた熱量が伝わる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
苛立ち晩年弟子期待厳しさ追い返す
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