驢鞍橋 / 卷上
一日人來り曰く、我死せは其儘袋に入れて燒くへしと常々申付くる也。師聞て曰く、昔異國に世に知られたる兵有り、彼其方の如く遺言して其儘死骸を埋めしめたり。時の人是れを死ぬる事は得たれ共、からたを捨つる事を得すと、詩に迄作りて批判せし事有り。然る間其方も只捨てらるへし、願くは犬鳥に喰はせたるも好き也。
新字:一日人来り曰く、我死せは其儘袋に入れて焼くへしと常々申付くる也。師聞て曰く、昔異国に世に知られたる兵有り、彼其方の如く遺言して其儘死骸を埋めしめたり。時の人是れを死ぬる事は得たれ共、からたを捨つる事を得すと、詩に迄作りて批判せし事有り。然る間其方も只捨てらるへし、願くは犬鳥に喰はせたるも好き也。
書き下し
一日人来り曰く、我死せは其儘袋に入れて焼くへしと常々申付くる也。師聞て曰く、昔異国に世に知られたる兵有り、彼其方の如く遺言して其儘死骸を埋めしめたり。時の人是れを死ぬる事は得たれ共、からたを捨つる事を得すと、詩に迄作りて批判せし事有り。然る間其方も只捨てらるへし、願くは犬鳥に喰はせたるも好き也。
現代語訳
ある日、人が来て言った。私が死んだら、そのまま袋に入れて焼けと、常々申しつけております。師は聞いて言われた。昔、異国に世に知られた兵がいて、あなたのように遺言して、そのまま遺骸を埋めさせた。当時の人はこれを、死ぬことはできたが、体を捨てることはできなかった、と詩にまで作って批判したことがある。だからあなたも、ただ捨てられるがよい。できれば犬や鳥に食わせるのもよい、と。
解説
死後の遺体の扱いを簡素にせよと言い置いているのを誇る人に、正三は、それもまだ体への執着だ、と指摘する。そのまま埋めよと遺言した異国の兵が、死ぬことはできても体を捨てることはできなかったと詩に笑われた故事を引く。質素に見える遺言も、自分の体をどう扱わせるかにこだわっている点では同じだというのである。無欲や潔さを演出する振る舞いの中にも、なお自己への執着が残っていないかを問う条である。
この章句が説くこと
遺言執着身体死潔さ故事
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日聚会の次で、一僧去る病体の和尚に向つて云く、悪病抔出でざる様になさるべし。若し悪病出でば、大に人の為めに怨と成るべし。師聞て曰く、扨も詮なき事を云ふ人かな、如何なる病をか受け、如何なる死をかせん。我人知られてこそ因果次第也。従今分別するとも争かあたらんや。唯今修する処にこそ詮議はあれ、後はひつてひり破つても、死にめされよ。只死しても奇麗にもをりないぞ、野に成りとも山に成りとも只捨てめされよと也。
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『驢鞍橋』卷上一日亡者弔ひの次て、師愕然として曰く、皆人計りを弔ふ弔ふと思つて、我も頓て弔らはるへしと云ふ事を知らず。仮にも思ひよらず、只有りて俄に詰りてぎくついて死す。さても暗き物哉と也。
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『驢鞍橋』卷上一日去る処へ至り玉ふに、其家の代官知行処へ往くとて、途中にて少し煩ひ死しける由申来る。師聞き愕然として曰く、扨々不便千万の事哉、我をも娑婆をも実に有ると思ひ居て俄に死す。苦み計り難し、嘆痛敷事也。爰を以て思へは少し志有りて、今か今かと片腰懸けたる様にも思ひ居る者は、亦大なる徳也。其日さまざまの事有り、晩に至りて曰く、一日徒に飮食したり、闇魔王に腹を打破られんすよと也。
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