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驢鞍橋 / 卷中

師衆に對して曰く、黃檗母を蹴殺したまふ意を云つて看よ。一僧曰く、道ひ得たりとも、母を蹴殺す事なるへからず。師曰く、夫は及ひなき事、黃檗大悟大徹の働也。然れ共語をねり句をかめは、其意を得る。因に僧問ふ、實に蹈殺すや。師云はく、中々實に蹈殺す也。僧曰く、然らは大唐の古人にも錯りあり、直にふみ殺すに非すと云ひ置かれたる人あり。師曰く、夫は古人か賊人にて云ひ置きし事也。我も角云ひ置くへし。さなくては末世にて大に怨となる事有る故に虚と云ふ、踢殺は實也。夫より彼の川を大義渡と號する抔證據也。

新字:師衆に対して曰く、黄檗母を蹴殺したまふ意を云つて看よ。一僧曰く、道ひ得たりとも、母を蹴殺す事なるへからず。師曰く、夫は及ひなき事、黄檗大悟大徹の働也。然れ共語をねり句をかめは、其意を得る。因に僧問ふ、実に蹈殺すや。師云はく、中々実に蹈殺す也。僧曰く、然らは大唐の古人にも錯りあり、直にふみ殺すに非すと云ひ置かれたる人あり。師曰く、夫は古人か賊人にて云ひ置きし事也。我も角云ひ置くへし。さなくては末世にて大に怨となる事有る故に虚と云ふ、踢殺は実也。夫より彼の川を大義渡と号する抔証拠也。

書き下し

師衆に対して曰く、黄檗母を蹴殺したまふ意を云つて看よ。一僧曰く、道ひ得たりとも、母を蹴殺す事なるへからず。師曰く、夫は及ひなき事、黄檗大悟大徹の働也。然れ共語をねり句をかめは、其意を得る。因に僧問ふ、実に蹈殺すや。師云はく、中々実に蹈殺す也。僧曰く、然らは大唐の古人にも錯りあり、直にふみ殺すに非すと云ひ置かれたる人あり。師曰く、夫は古人か賊人にて云ひ置きし事也。我も角云ひ置くへし。さなくては末世にて大に怨となる事有る故に虚と云ふ、踢殺は実也。夫より彼の川を大義渡と号する抔証拠也。

現代語訳

師が衆に対して言われた。黄檗が母を蹴り殺された意を言ってみよ。一人の僧が言った。言い得たとしても、母を蹴り殺すことはできません。師が言われた。それは及ばないことだ。黄檗の大悟大徹の働きである。しかし、語を練り、句を噛みしめれば、その意を得られる。ついでに僧が問うた。本当に踏み殺したのですか。師が言われた。いかにも本当に踏み殺したのだ。僧が言った。それならば唐土の古人にも誤りがあります。じかに踏み殺したのではないと言い置いた人があります。師が言われた。それは古人が賊人として(あえて)言い置いたことだ。私もそう言い置くだろう。そうしなければ末世に大きな害となることがあるから、虚と言うのである。踏み殺したのは事実だ。それ以来その川を大義渡と名づけたことなどが証拠である、と。

解説

第52条に続き、黄檗が母を蹴り殺したという伝承が再び問われている。正三はこれを大悟した人の働きとし、凡人が言葉でなぞれるものではないとしながら、語を練れば意は得られると言う。唐の古人が事実ではないと言い残したのは、末世の者が真似をして害をなすのを防ぐためだと見た。同じ話でも、聞く相手によって語り方を変えるのが導く者の配慮だということである。本当のことをそのまま伝えるべきか、相手を守るために伏せるべきかは、今も人を導く者が悩む問いである。

この章句が説くこと

黄檗孝方便大悟伝承指導

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