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驢鞍橋 / 卷中

問ふ、古歌に曰く、「中々に深山の奥そ住よけれ草木は人の是非を云はねは」是れ道歌也と承る、是なりや。師聞て曰く、我字直したき處あり。俗云ふ、何れの字なりや。師曰く、「中々に深山の奥そ住受けれ草木は人の是非を云はねは。」

新字:問ふ、古歌に曰く、「中々に深山の奥そ住よけれ草木は人の是非を云はねは」是れ道歌也と承る、是なりや。師聞て曰く、我字直したき処あり。俗云ふ、何れの字なりや。師曰く、「中々に深山の奥そ住受けれ草木は人の是非を云はねは。」

書き下し

問ふ、古歌に曰く、「中々に深山の奥そ住よけれ草木は人の是非を云はねは」是れ道歌也と承る、是なりや。師聞て曰く、我字直したき処あり。俗云ふ、何れの字なりや。師曰く、「中々に深山の奥そ住受けれ草木は人の是非を云はねは。」

現代語訳

問う。古歌に「なかなかに深山の奥ぞ住みよけれ、草木は人の是非を言はねば(かえって深山の奥こそ住みやすい、草木は人の善し悪しを言わないから)」とある。これは道歌だと聞いているが、そのとおりか。師は聞いて言われた。私には直したい字がある。俗人が「どの字ですか」と言うと、師は言われた。「なかなかに深山の奥ぞ住み憂けれ、草木は人の是非を言はねば(かえって深山の奥こそ住みづらい、草木は人の善し悪しを言ってくれないから)」。

解説

人の噂や批判を避けて山にこもるのがよいという古歌を、正三は一字だけ変えて正反対の意味にした。住みよいを住み憂いに改め、人に是非を言われない所こそ修行には住みづらいと言うのである。他人の批判は煩わしいが、自分では気づけない欠点を映してくれる鏡でもある。耳の痛いことを言ってくれる人がいる環境は、実は恵まれていると受け止めたい。批判から逃げたくなったときに思い出したい一首である。

この章句が説くこと

批判修行是非道歌孤立鏡

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