驢鞍橋 / 卷中
師語て曰く、洛陽鳥邊野に塜間住の僧あり、一日、舊友の僧來り問ふ、爰に在て怖しき者なしや。住僧答て曰く、「うつ蟬のもぬけのからと身はなりて我有てこそ物をぢはせめ。」僧曰く、そふ云ふは誰ぞ。住僧の曰く、無心の寒松、風來て葉自ら吟ず。是れ關東にて秘參とす。誠にぬけから坊のかじけ佛法と云ふもの也。我ならは、我は是れ三界の大導師、何をか怖れんと云はんずと也。
新字:師語て曰く、洛陽鳥辺野に塜間住の僧あり、一日、旧友の僧来り問ふ、爰に在て怖しき者なしや。住僧答て曰く、「うつ蝉のもぬけのからと身はなりて我有てこそ物をぢはせめ。」僧曰く、そふ云ふは誰ぞ。住僧の曰く、無心の寒松、風来て葉自ら吟ず。是れ関東にて秘参とす。誠にぬけから坊のかじけ仏法と云ふもの也。我ならは、我は是れ三界の大導師、何をか怖れんと云はんずと也。
書き下し
師語て曰く、洛陽鳥辺野に塜間住の僧あり、一日、旧友の僧来り問ふ、爰に在て怖しき者なしや。住僧答て曰く、「うつ蝉のもぬけのからと身はなりて我有てこそ物をぢはせめ。」僧曰く、そふ云ふは誰ぞ。住僧の曰く、無心の寒松、風来て葉自ら吟ず。是れ関東にて秘参とす。誠にぬけから坊のかじけ仏法と云ふもの也。我ならは、我は是れ三界の大導師、何をか怖れんと云はんずと也。
現代語訳
師が語って言われた。京の鳥辺野に、墓所に住む僧がいた。ある日、旧友の僧が来て問うた。「ここにいて恐ろしいものはないか」。住僧は答えた。「空蝉のもぬけの殻と身はなりて我有てこそ物に怖ぢはせめ(身は蝉の抜け殻となった。我があればこそ物に怖じもしようが)」。僧が「そう言うのは誰か」と言うと、住僧は「無心の寒松、風が来て葉がおのずから吟ずる」と言った。これを関東では秘伝の参究としている。まことに抜け殻坊主のしなびた仏法というものだ。私なら「我はこれ三界の大導師、何を恐れようか」と言うだろう、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『驢鞍橋』卷上一日或る俗来て曰く、承り及ふ故に是れ迄伺候仕る、一句示し給へ。師曰く、一人虚を伝ふれば、万人実と伝ふとて何者かおどけ者有りて、正三こそ名誉者なれ抔といへば、末々に聞き伝へ、扨は空をも翅り、光をも放つか抔と思ひ、正三見物に来り、変も無き老人なるを見て、皆興を醒さるゝ也。誠に我何の変もなき土禅門也。只死度くも無き間、何とぞして殺さるゝ事有りとも、何とも思はす、頸を指出して自由に死ぬ程に成りたさに修する也。されとも死は置いて餓鬼畜生を出でぬ也。是れを出度く思ふ心は、何とも思はず居る者には增さるへき歟。別に人に增りたる事無し。其方も聞かんと思はゝ一向のしろうとに成りめさるへし。彼者、秘し給ふと思ひ弥示し給へと云ふ。師曰く、我仏法の能き事を知らず、只我悪敷事を能く知りたる也。我友に成り、出入めされば、何時も我処に有る餓鬼畜生を懺悔して聞かせ申すべし。実に是の外によき事を知らず、ひげして云ふかと思ひめされんずな。無間に沈むほうぞ知らぬ也。
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『驢鞍橋』卷下夜話の次、去る僧曰く、某卵塔塲怖しき故に、機を張り立て、行き習ひ行き習ひして、機の張合の位を仕習ふ也。先つ始めは亡者をおつひしいて行き習ふ。後にも大入道を造立て、かまわず行き廻り行き廻りするに、機をきつと張懸て行けは、是れも自由に行かると云ふ。師聞て曰くおつひしいて行くは慈悲なし。夫れは悪い筋也。なぜ亡者の苦に代り、南無三曼多没駄南梵□□と助けて行き習はんずと也。僧曰く、强い機を受けは、亡者苦を免るべし。師曰く、强い機にても、我弔ひは別也。僧便ちその意を問ふ。師曰くうそうそと弔ふべし。なに音せんずとも、なにこと有らんずともうそうそ也。纔かも念を生して行かば、早や体を造ると也。
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『驢鞍橋』卷下一日、僧来て曰く、此の五三日大に死苦迫て切也。何としてか此の苦を払ふべきや。師便ち阿二王のまねをなして曰く、此の機を以て遣るべし。此の外に遣様を知らすと也
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『驢鞍橋』卷中師語て曰く、此の堺に無の見に落ちたる者あり。沢庵和尚是れを破するに歌一首を以てす、「過去もなく未来もなしといふ人のいづくより来て此世には住む」とよめり。此の歌禅僧の歌といはれす、禅の手段と云ふは、直につゝけてひしと意に当る様に云ふもの也と云つて、便ち云はく、過去もなく未来もなしといふ人の此世を有りと見るはそも誰そ。
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『驢鞍橋』卷下一日、去る人来て曰く、某道を行くに、向ふより人来るを見るごとに、彼が切らば、兎為角為と思ふと云ふ。師聞て曰く、扨て扨てでかい敵を持ちたる人哉。我は作したる怨なれば、その隙計りは、づんとあきて心安しと也。
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『驢鞍橋』卷上一日聚会の次で、一僧去る病体の和尚に向つて云く、悪病抔出でざる様になさるべし。若し悪病出でば、大に人の為めに怨と成るべし。師聞て曰く、扨も詮なき事を云ふ人かな、如何なる病をか受け、如何なる死をかせん。我人知られてこそ因果次第也。従今分別するとも争かあたらんや。唯今修する処にこそ詮議はあれ、後はひつてひり破つても、死にめされよ。只死しても奇麗にもをりないぞ、野に成りとも山に成りとも只捨てめされよと也。
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