驢鞍橋 / 卷下
一日、去る人來て曰く、某道を行くに、向ふより人來るを見るごとに、彼が切らば、兎爲角爲と思ふと云ふ。師聞て曰く、扨て扨てでかい敵を持ちたる人哉。我は作したる怨なれば、その隙計りは、づんとあきて心安しと也。
新字:一日、去る人来て曰く、某道を行くに、向ふより人来るを見るごとに、彼が切らば、兎為角為と思ふと云ふ。師聞て曰く、扨て扨てでかい敵を持ちたる人哉。我は作したる怨なれば、その隙計りは、づんとあきて心安しと也。
書き下し
一日、去る人来て曰く、某道を行くに、向ふより人来るを見るごとに、彼が切らば、兎為角為と思ふと云ふ。師聞て曰く、扨て扨てでかい敵を持ちたる人哉。我は作したる怨なれば、その隙計りは、づんとあきて心安しと也。
現代語訳
ある日、ある人が来て言った。私は道を行くとき、向こうから人が来るのを見るたびに、あの者が切りかかってきたら、ああしようこうしよう、と思います。師は聞いて言われた。なんとも、大きな敵を持っている人だな。私は自分が作った怨ならば、その暇ばかりは、すっかり空いていて心安い、と。
解説
道で人とすれ違うたびに、切りかかられたらどうしようと身構えてしまう、という人に、正三は、大きな敵を持っていますね、と言う。その敵とは、外の誰かではなく、自分の中の恐れと警戒心である。自分は、自ら作った怨みの報いなら受けるだけだと思っているので、その点は心安い、と。いつも最悪の事態を想定して身構え、心休まることのない人に、恐れの正体は自分の心にあると気づかせる、短くも鋭い一言である。
この章句が説くこと
恐れ警戒心心の敵安心不安覚悟
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