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驢鞍橋 / 卷中

問ふ、肥前國温泉の地獄へ佛語と祖語を書き入るゝに、佛語にては湯湧さすに祖語にては功德なしと承る。此の誵訛如何。師云はく、佛語祖語大に功德間あり。祖師の德は、佛の小指にても及ふへからす。此前玄俊坊の云ふ、人惡心を以て業をなせは、楊枝にても何にても、其躰のある中は、其惡心がきつと付て居る也。善心を以てなす事も如是と佛經に有り。佛語には、佛の萬德圓滿の心付て有る故に、誦する者に天然と功德備はる也。

新字:問ふ、肥前国温泉の地獄へ仏語と祖語を書き入るゝに、仏語にては湯湧さすに祖語にては功徳なしと承る。此の誵訛如何。師云はく、仏語祖語大に功徳間あり。祖師の徳は、仏の小指にても及ふへからす。此前玄俊坊の云ふ、人悪心を以て業をなせは、楊枝にても何にても、其体のある中は、其悪心がきつと付て居る也。善心を以てなす事も如是と仏経に有り。仏語には、仏の万徳円満の心付て有る故に、誦する者に天然と功徳備はる也。

書き下し

問ふ、肥前国温泉の地獄へ仏語と祖語を書き入るゝに、仏語にては湯湧さすに祖語にては功徳なしと承る。此の誵訛如何。師云はく、仏語祖語大に功徳間あり。祖師の徳は、仏の小指にても及ふへからす。此前玄俊坊の云ふ、人悪心を以て業をなせは、楊枝にても何にても、其体のある中は、其悪心がきつと付て居る也。善心を以てなす事も如是と仏経に有り。仏語には、仏の万徳円満の心付て有る故に、誦する者に天然と功徳備はる也。

現代語訳

問う。肥前国の温泉(うんぜん)の地獄に、仏の言葉と祖師の言葉を書いて投げ入れると、仏の言葉では湯が湧き立たなくなるが、祖師の言葉では効き目がないと聞いている。この入り組んだ話はどういうことか。師が言われた。仏の言葉と祖師の言葉とでは、功徳に大きな隔たりがある。祖師の徳は、仏の小指にも及ぶことはできない。以前に玄俊坊が言っていた。「人が悪心をもって業をなせば、楊枝であれ何であれ、その物の形がある間は、その悪心がきっと付いている。善心をもってなすこともこのとおりだと仏経にある」と。仏の言葉には仏の万徳円満の心が付いているから、それを誦する者に自然と功徳が備わるのである。

解説

肥前の温泉とは雲仙のことで、煮え立つ地獄に経文を投げ入れる話が当時語られていたらしい。問う者は、仏の言葉と祖師の言葉とで効き目が違うのはなぜかと尋ねた。正三は、行いにはそれをなした心が形のある限り付いて残るという玄俊坊の話を引き、仏の言葉には仏の円満な心がこもっていると説く。言葉は単なる記号ではなく、発した人の心を運ぶものだという見方である。自分が書く文書や話す言葉にどんな心が乗っているかを、改めて意識させられる。

この章句が説くこと

仏語功徳心言葉善悪雲仙

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