驢鞍橋 / 卷中
問ふ、達磨は、九年にして漸く二祖一人を接得したまふ。大慧は、末祖なれ共一時に十三人接出す。然れは達磨は、大慧より人を度すと下手なりや。師答て曰く、縱ひ小見解あり共、段々の樣子あり。大慧の十三人を打まるめても、達磨の一箇に及ふへからず。士又問ふ、達磨は釋迦と同き成佛の人なりや。師云はく、達磨は、禪宗こそ用ゆれ、三界の大導師釋迦如來とは格別也。
新字:問ふ、達磨は、九年にして漸く二祖一人を接得したまふ。大慧は、末祖なれ共一時に十三人接出す。然れは達磨は、大慧より人を度すと下手なりや。師答て曰く、縦ひ小見解あり共、段々の様子あり。大慧の十三人を打まるめても、達磨の一箇に及ふへからず。士又問ふ、達磨は釈迦と同き成仏の人なりや。師云はく、達磨は、禅宗こそ用ゆれ、三界の大導師釈迦如来とは格別也。
書き下し
問ふ、達磨は、九年にして漸く二祖一人を接得したまふ。大慧は、末祖なれ共一時に十三人接出す。然れは達磨は、大慧より人を度すと下手なりや。師答て曰く、縦ひ小見解あり共、段々の様子あり。大慧の十三人を打まるめても、達磨の一箇に及ふへからず。士又問ふ、達磨は釈迦と同き成仏の人なりや。師云はく、達磨は、禅宗こそ用ゆれ、三界の大導師釈迦如来とは格別也。
現代語訳
問うた。「達磨は九年かかって、ようやく二祖(慧可)一人を導き得られた。大慧は後の世の祖師であるが、一度に十三人を導き出した。それならば達磨は、大慧より人を救うのが下手なのでしょうか」。師は答えて言われた。「たとえ小さな見解があっても、段々の様子(深浅の違い)がある。大慧の十三人をひとまとめにしても、達磨の一人には及ぶまい」。武士がまた問うた。「達磨は釈迦と同じく成仏した人なのですか」。師は言われた。「達磨は禅宗でこそ尊ばれるが、三界の大導師である釈迦如来とは格別である」。
解説
この章句が説くこと
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